カテゴリー「お願い・ご挨拶」の記事

2017年5月26日 (金)

私のFacebook利用ポリシー【Ver.2】

Facebookを使い始めた頃に、自分なりの『Facebook使用ポリシー』を策定して、SNSの利点と欠点をおぎなってきたつもりです。しかし、その使用ポリシーも、時代にそぐわない点や私自身の思いが至らなかった部分などもあり、5年ぶりに補足訂正することにいたしました。原則は変えておりません。

 

 長い間雑誌というメディアで仕事をしてきた私は、Facebookというメディアにリアルな人間関係を求めてしまいます。(所詮はネットメディア、そんな絵空事は無理という意見も承知の上です)不特定多数の方とのコミュニケーションは、雑誌の世界でさんざん経験してきました。それでも、現役時代には読者からいただいたお便りには、毎日最低20通の返事を書き続けることをノルマとして自分に課してきました。できるだけリアルなコミュニケーションを実現しようと努めてきたつもりです。そういう人生を歩んできたので、恐らく多くのFacebookユーザーとは異なる感覚と期待をもっているのかもしれません。そこで、自分なりに以下のようなポリシーを策定しております。

◎自らのプロフィールは必要にして充分な内容を公開とし、立場と経歴を明らかにした上で、投稿は基本的に「公開」設定にしております。ただし、一部誤解を受けやすい投稿に関しては閲覧制限を設けています。Facebookは本来、本名で参加し、お互いに相手のことをよく知っていることが前提のはずです。匿名でプロフィールも公開しないのであれば、Facebookを利用する意味がないとさえ思っています。

 限られたスペースのコメントの中で、誤解や曲解のリスクを可能な限り減らすためには、相互に相手がどのような方であるかを知っておくことが大切だと思っています。お互いの立場や、背景、性格なども知っていれば、「いいね!」ボタンの押し方も、お互いに理解できます。

 私の投稿には、どなたでもコメントがつけられる設定にしておりますが、誹謗中傷の類や他の方が読んで不快に思われそうなコメントは勝手ながら削除させていただいています。投稿に無関係の、私への個人的なメッセージも、タイムラインからは削除させていただき、メッセージでのやりとりに移行させていただいています。

◎タイムラインの投稿内容について

 私の投稿の多くは、自らの行動、経験の備忘録的な内容です。自分史的な、過去の思い出の投稿も少なくありません。そんな独りよがりの投稿が多いので、お恥ずかしい限りですが、世相や社会状況に対して率直な感想や意見を述べさせていただく場合もあり、私がどのような人間で、どのような立場で発言しているかを明らかにしているつもりです。

 私自身の投稿には自分で責任をとる覚悟ですが、いただいたコメントの内容にまでは責任を持てません。前述したように、明らかに私の投稿の意図と異なる、他の人を不快な気分にさせてしまいそうなコメントは削除させていただいています。気分良く使えるメディアでなくては、私にとって意味がありません。Facebookは、投稿の公開範囲を投稿毎に細かく設定できる利点があります。上手に利用したいものですね。

◎「友達リクエスト」について

 ありがたいことに、多くの方からいただくのですが、今までリアルなお付き合いのあった方には、基本的に「承認」ボタンを押させていただきます。今後お会いする機会ががあると思われる方も同様です。また、仕事上のお付き合いだけという方も、「友だち」とさせていただくのは失礼にあたると思っておりますので、「承認」を躊躇する場合があります。

➡「リクエスト」をくださる方が、私のことを良くご存じでも、残念ながら私がその方のことをよく知らないという場合も多々あります。その場合は、その方のプロフィールを拝見するようにしています。ところが、困ったことにメッセージもメール来ず、単に「リクエスト」だけを下さる方に限って、プロフィールを拝見しても私との関係が不明なことが多いのです。その場合は、失礼ではありますが、「リクエスト」にお応えしておりません。顔写真を含めたプロフィールをある程度公開されていないと、私のアドレス帳にお名前はあっても、同姓同名の他人ということがあり得るのです。そういう場合、ひとこと、メールやメッセージで「いついつ、どこで会った◯◯です。リクエストを送ったぞ」あるいは「◯◯といった理由でリクエストを送ります」とご連絡いただければ、安心できます。

 実は、知人であるように「なりすまし」て、スパム・メッセージを拡散するという例が後を絶ちません。

Facebookの「友だち承認依頼ボタン」の機能だけに頼らず、「よかったら、Facebook友だちになりませんか」程度のメッセージのやりとりはしたいものですね。第一、ボタンひとつで友だちができたりできなかったりというのは、自分にはどうしても馴染めないのです。友だちというからには、もう少し大切な関係でいたいと思うのです。それを面倒だと思うような関係ではもったいないと思っています。


➡また、リクエストを下さる方は、果たして私のプロフィールに目を通してくださったのだろうか?と疑問に思うことがあります。私自身は、自分が友だちになりたいと思う方のプロフィールはとても気になります。必ず読むようにしています。友だちなのに、相手の性別や居住地や年代層も知らないままで平気というのは、私には信じられません。お互いにその程度の情報は共有してこその「友だち」だと思います。

➡同様に私の方から「リクエスト」を差し上げる場合は、必ず別途メッセージをお送りするようにしています。メッセージのない私からのリクエストはスパムと判断していただいて結構です。

➡私はFacebook相互コミュニケーションのツールだと思っておりますので、ご自身のウォールに書き込みがなく、お互いのコメントに反応もなく、一方的に私のウォールを読んでいるだけ……というような方との「友だち」リンクは、残念ですが外させていただいております。Facebookはブログとは異なる使い方をすべきでしょう。

➡繰り返しになりますが、リクエストには必ずメッセージをください

 このようなポリシーでFacebookを使っている私は、ひょっとすると何人かの方に無礼な対応をしているかも知れません。しかし、時間や機会があれば、お目にかかって会話を楽しんだり、食べたり飲んだりすることもしてみたいと私自身が思うような方と、上辺だけでないお付き合いをしたい、少なくともそのような気持ちを持ち続けたい。

  仕事に結びつけることは、ほとんど考えておりません。結果として仕事でご一緒できるなら、それもまた嬉しいというくらいの気持ちです。

 かつて、私にリクエストを下さった方に、メッセージで「プロフィールを公開されていないようですが、せめて私にはプロフィールを教えていただけませんか?」と返事を書いたところ、「プロフィールを教えろと言われたのは初めてです。自分の身の安全のためにお教えすることはできません」と憤慨されたことがあります。私は、その方がなぜFacebookを利用されているのか理解できませんでした。もちろん、リクエストはお断りしました。

 ですから、私にとってのFacebookは楽しみながら使って、前向きな気持ちを維持できるメディア。そして「友だちを作るためのメディアというより、友だち関係を維持するためのメディア」です。ともすれば希薄、疎遠になりがちな人間関係の密度を回復してくれるツールです。

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2013年6月27日 (木)

50年の長きに亘って、一つの会社とそのグループ会社で仕事をしてきた幸せ

 小学館にお世話になったきっかけは、1963年、私が15歳、高校1年生の夏休みに、その年の春に創刊された、『ボーイズライフ』誌創刊記念企画としてヨーロッパ読者特派員に任命されて(当時は海 外旅行自由化前でしたので、職業=小学館特派員という身分でパスポートを取得)以来、高校大学を通じて資料翻訳の下訳アルバイト時期を含め、この7月で ちょうど50年になります。

 また、現在の小学館本社ビルがその役目を終え、耐震構造ビルへの建て替えのため、創業90周年の今年、取り 壊しが始まります。5年間顧問として所属していた社長室も3年間は、一時別のビルに仮住まい。その引越当日が退職日というタイミングでもあります。私は2階建て (一部3階建て)の旧社屋も知っていますから、小学館と小学館ビルの歴史と共に歩んできたという感があります。

 この4年間は、グループ会社のネットアドバンス社でも、Japan Knowledgeという知識データベースを運営する仕事に、役員として関わらせていただきました。大変興味深い分野の仕事ではありましたが、一身上の都 合もあり、さまざまなことが偶然にも節目となる、66歳の誕生日(7月8日)の前日をもって全ての職を辞することにいたしました。

  この間、仕事をご一緒させていただいた作家、執筆者、編集者、写真家、イラストレーター、デザイナー……の皆様、優れた先輩と頼りになる同僚、後輩たち を始め、さまざまな分野でお世話になった人々、そして友人、家族に支えられて、なんとか大過なく務めをを果たせたように思います。

 一つの会社に50年もお世話になるとは想像だにいたしませんでした(どう転んでも人生の半分以上です)が、結果として大変幸せな編集者生活を送る ことができたと思っています。1971年に正式入社以来、『ビッグコミック』『FMレコパル』『THE MUSIC』『少年サンデー』という雑誌にスタッフ編集者として関わり、その後、『BE-PAL』『GORO』『サライ』『ラピタLapita』『週刊日 本の天然記念物』等の編集長を歴任、主に雑誌とその派生出版物の編集分野で仕事をさせていただきました。最後に創刊した雑誌『駱駝』の編集長を最後に雑誌 の世界から離れ、出版コンテンツのデジタル化事業に携わってまいりました。

 今後は、生活の拠点を伊勢亀山に移し農業の真似事をしながら、文字通り老々介護の日々が始まりますが、しばらくは下総国(千葉)と伊勢国(三 重)、実家のある美作国(岡山)を行ったり来たりの日々が続くと思います。亀山在住の90歳の義父、弟が献身的な介護を続けている91歳になる実母(美作 国津山在住)のために、私のできることを模索中です。

 移住する場所や時期、生活のパターンがまだ不透明ですが、いずれにせよ今後は、ネット上での情報編集&発信、教育や地域振興の現場で今まで多少なりとも培ってきたものを活かすことができればと思っています。今年中には自身のWEBサイトのオープンを計画中です。

 またお目に掛かる機会があることを楽しみに、お礼とお別れのご挨拶とさせていただきます。

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2013年6月26日 (水)

秒読み段階に入りました! 完全リタイアまで、あと10日!

退職の御挨拶

  私こと、岩本敏は、来る7月7日をもちまして(七夕退職ですが、実質は7月5日(金)が最終出社日となります)、定年退職後も勤務して参りました小学館、及びネットアドバンス社を退職いたします。在職中は、一方ならぬお世話になりました。厚く御礼申し上げます。
 本来ならば、お目にかかってお礼を申し上げるべきところ、ネット上でご挨拶させていただく無礼をお許しください。私自身は至って健康、当分はくたばりそうにありません。今後とも、いただいたご縁を大切にしたいと思います。宜しくお付き合いいただければ幸いです。
 長年のご厚誼に心より感謝いたします。ありがとうございます。
岩本 敏 拝

【以下の駄文は、付け足しですのでお時間があればお目通しください】
 小学館は、1963年、私が15歳、高校1年生の夏休みに、『ボーイズライフ』誌創刊記念企画としてヨーロッパ読者特派員に任命されて(当時は海外旅行自由化前でしたので、職業=小学館特派員という身分でパスポートを取得)以来、高校大学を通じて資料翻訳の下訳アルバイト時期を含め、この7月でちょうど50年お世話になったという、節目です。また、現在の小学館本社ビルがその役目を終え、耐震構造ビルへの建て替えのため、創業90周年の今年取り壊しが始まります。5年間顧問として所属していた社長室も3年間は、一時引っ越しをする、その当日が退職日というタイミングでもあります。私は2階建て(一部3階建て)の旧社屋も知っていますから、小学館と小学館ビルの歴史と共に歩んできたという実感があります。

 この4年間は、グループ会社のネットアドバンス社でも、Japan Knowledgeという知識データベースを運営する仕事に、役員として関わらせていただきました。大変興味深い分野の仕事ではありましたが、一身上の都合もあり、さまざまなことが偶然にも節目となる、66歳の誕生日前日をもって全ての職を辞することにいたしました。

   この間、仕事をご一緒させていただいた作家、執筆者、編集者、写真家、イラストレーター、デザイナー……の皆様、優れた先輩と頼りになる同僚、後輩たちを始め、さまざまな分野でお世話になった人々、そして友人、家族に支えられて、なんとか大過なく務めをを果たせたように思います。

 一つの会社に50年もお世話になるとは想像だにいたしませんでした(どう転んでも人生の半分以上です)が、結果として大変幸せな編集者生活を送ることができたと思っています。1971年に正式入社以来、『ビッグコミック』『FMレコパル』『THE MUSIC』『少年サンデー』という雑誌にスタッフ編集者として関わり、その後、『BE-PAL』『GORO』『サライ』『ラピタLapita』『週刊日本の天然記念物』等の編集長を歴任、主に雑誌とその派生出版物の編集分野で仕事をさせていただきました。最後に創刊した雑誌『駱駝』の編集長を最後に雑誌の世界から離れ、出版コンテンツのデジタル化事業に携わってまいりました。

 今後は、生活の拠点を伊勢亀山に移し農業の真似事をしながら、文字通り老々介護の日々が始まりますが、しばらくは下総国(千葉)と伊勢国(三重)、実家のある美作国(岡山)を行ったり来たりの日々が続くと思います。亀山在住の90歳の義父、弟が献身的な介護を続けている91歳になる実母(美作国津山在住)のために、私のできることを模索中です。

 移住する場所や時期、生活のパターンがまだ不透明ですが、いずれにせよ今後は、ネット上での情報編集&発信、教育や地域振興の現場で今まで多少なりとも培ってきたものを活かすことができればと思っています。今年中には自身のWEBサイトをオープンの予定です。またお目に掛かる機会があることを楽しみに、お礼とお別れのご挨拶とさせていただきます。

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2012年1月18日 (水)

私のFacebook使用ポリシー

 長い間雑誌というメディアで仕事をしてきた私は、Facebookというメディアにリアルな人間関係を求めてしまいます。(所詮はネットメディア、そんな絵空事は無理という意見も承知の上です)不特定多数の方とのコミュニケーションは、雑誌の世界でさんざん経験してきました。それでも、読者からいただいたお便りには、毎日最低20通の返事を書き続けることをノルマとして自分に課してきました。できるだけリアルなコミュニケーションを実現しようと努めてきたつもりです。

 そういう人生を歩んできたので、恐らく多くのFacebookユーザーとは異なる感覚と期待をもっているのかもしれません。そういう理由から、自分なりにポリシーを策定しています。

◎「友達リクエスト」については、ありがたいことに、多くの方からいただくのですが、今までリアルなお付き合いのあった方には、基本的に「承認」ボタンを押させていただきます。最近知り合い、今後ともお会いする機会ががあると思われる方も同様です。ただし、ほぼ毎日顔を会わせて、声をかけようと思えばいつでも会話ができるほど日常の仕事で近しい方は敢えてリクエストにお応えしておりません。また、仕事上のお付き合いだけという方も、「友だち」とさせていただくのは失礼にあたると思っておりますので、「承認」を躊躇する場合があります。

◎Facebookに登録されているMail Addressが明らかに法人のアドレスという方からのリクエストもお断りしております。私はFacebookをビジネスで使うつもりは全くありませんので。

◎「リクエスト」をくださる方が、私のことを良くご存じでも、残念ながら私がその方のことをよく知らないという場合も多々あります。その場合は、その方のプロフィールを拝見するようにしています。ところが、困ったことにメッセージもメール来ず、単に「リクエスト」だけを下さる方に限って、プロフィールを拝見しても私との関係が不明なことが多いのです。その場合は、失礼ではありますが、「リクエスト」にお応えしておりません。プロフィールをある程度公開されていないと、私のアドレス帳にお名前はあっても、同姓同名の他人ということがあり得るのです。そういう場合、ひとこと、メールやメッセージで「いついつ、どこで会った◯◯です。リクエストを送ったぞ」とご連絡いただければ、安心できます。
 実は、知人であるように「なりすまし」て、スパム・メッセージを拡散するという例が後を絶ちません。Facebookの「友だち承認依頼ボタン」の機能に頼らず、「良かったらFB友だちになりませんか?」程度のメッセージをやりとりしたいものですね。
 第一、ボタン一つで友だちができたりできなかったりというのは、自分にはどうしても馴染めないのです。友だちって、そんな簡単にできたりできなかったりするものではないだろうという思いがぬぐい去れないのです。

◎また、同様に私の方から「リクエスト」をする場合は、できるだけ別途メッセージをお送りするようにしています。(私のプロフィールについては、必要にして十分な情報は公開しているつもりです)

◎したがって、毎日のように顔を会わせている人や、今まで一度もお目にかかったことがない人で、わたしの「お友達」としてリストに載せさせていただいている方は、それぞれ1~2名の方だけということになっています。

◎限られたスペースのコメントの中で、誤解や曲解のリスクを可能な限り減らすためには、相互に相手がどのような方であるかを知っておくことが大切だと思っています。お互いの立場や、背景、性格なども知っていれば、「いいね!」ボタンの押し方も、お互いに理解できます。

◎以上のような理由から、私はFacebookは相互コミュニケーションのツールだと思っておりますので、ご自身のウォールに書き込みがなく、お互いのコメントに反応もなく、一方的に私のウォールを読んでいるだけ……というような方との「友だち」リンクは、残念ですが外させていただいております。Facebookはブログとは異なる使い方をすべきでしょう。
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 このようなポリシーでFacebookを使っている私は、ひょっとすると何人かの方に無礼な対応をしているかも知れません。しかし、時間や機会があれば、お目にかかって会話を楽しんだり、食べたり飲んだりすることもしてみたいと私自身が思うような方と、上辺だけでないお付き合いをしてみたい、それが私の思いです。仕事に結びつけることは、ほとんど考えておりません。結果として仕事でご一緒できるなら、それもまた嬉しいというくらいの気持ちです。
 ですから、私にとってのFacebookは「友だちを作るためのメディアというより、友だち関係を維持するためのメディア」です。ともすれば希薄、疎遠になりがちな人間関係の密度を回復してくれるツールです。

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2011年1月 1日 (土)

新年明けましておめでとうございます

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 旧年中は、公私に亘り大変お世話になりました。
 新しい一年も、笑いの絶えない一年にしたいと思っております。政治も経済も先行き不透明な現在、減速することで見えてくるモノを大切に、慌てふためくことなく、自己を見失わないようしっかりと腰を据えて事に臨みたいと思っています。「新しさと若さ、それ自体には何の価値もない。長く続いたモノ、老いたる者にこそ価値を見いだしたい」という信念は、ますます強固なものになりつつあります。

 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2010年1月 1日 (金)

明けましておめでとうございます

 昨年のうちに書いておかなくてはと思うことがいっぱいあったのですが、あっという間に年が改まり、21世紀も、もう10分の1が終わってしまいました(笑)。今年はもう少しちゃんと書き残しておかなくては……と思っています。

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2005年3月 1日 (火)

始めに☆ドン・キホーテ通信とは?

 ドン・キホーテ通信は、人生の大半を雑誌編集者として過ごした岩本がお届けする、極めて個人的な色彩の強い通信です。発端は、私がかつて編集していたアウトドア・ライフ・マガジン『BE-PAL』(1981年創刊)の読者の方との電子メールのやりとりから生まれたBEーPAL通信という同報メール通信です。

 そのBEーPAL通信は、BEーPALの編集現場の裏側レポート的な内容で、同じ内容の電子メールを同時に数十人の読者の方に差し上げるというものでした。目的はただ一つ、私と読者の方とのオンライン・コミュニケーション。誌面に載らなかった取材の裏話などをご提供するかわりに、みなさんからは雑誌の感想などをコメントしていただくという性格のものでした。

 その後、私が人事異動で『GORO』の編集長となり、BEーPALを離れたため、BEーPAL通信を一旦休止いたしました。

 現在のドン・キホーテ通信は、1989年12月18日、第1号の同報メール通信を発刊以来、私が『サライ』(1989年創刊)の編集長に就任し、メンバーにも若干の入れ替わりがありました。その後、『Lapita』(1995年創刊)、『駱駝』(2005年創刊)の編集長を務めた後、2005年7月より、小学館ネット・メディア・センターの創設に携わったのを機に、非公開(従来からのドン・キホーテ通信読者の方と、親しくおつき合いさせていただいている方々のみにパスワードをお知らせしました)のブログでお読みいただく形に変更いたしました。

 私にとって、不特定多数の読者に向けてのメッセージというのは日常の仕事上で実現して参りました。このドン・キホーテ通信には、お互いの顔の見える特定少数の方との濃密なコミュニケーションという、雑誌上では不可能な交友関係として大きな魅力を感じてきました。

 

 今では、読者の方だけでなく、仕事や趣味を通じておつき合いのある少数の方にも、この通信を公開しております。

 細々とですが、長く続けることこそ意味があると思っています。お読みいただいた感想、ご意見などコメントをしていただければ、幸いに存じます。

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