カテゴリー「趣味」の記事

2013年5月24日 (金)

現代スペインの巨匠、アントニオ・ロペスに圧倒された日

「現代スペインを代表する芸術家」「スペイン・リアリズムの巨匠」……などと称せられるアントニオ・ロペス(Antonio López 1936〜)の、日本で初の個展を観に行ってきました。
 一応、絵描きの息子でありながら、美術館での時間の過ごし方に無頓着なまま今に至っている私ですが、近年は絵画展好きの友人のおかげで、かなり多くの美術館で素晴らしい絵画のあれこれを観る機会が増えました。
 私の好きな絵画の傾向も、自分でかなり分かってきたように思います。
 浮世絵、錦絵の類。日本画では、最も好きな田中一村を頂点として過去に遡って琳派や狩野派、そして伊藤若冲も守備範囲。西洋画では、概ね写実派と呼ばれる人たちの絵を好んで観ているように思います。また、洋の東西を問わず、スーパー・リアリズムと呼ばれる超細密画には別途特別の関心があります。
 さて、長くスペインとその文化に興味を持ちながらも、ほとんど知らなかったアントニオ・ロペスの絵や彫刻。今回、その代表的な作品の数々を観ることができました。
 ポスターになっている『グラン・ビア』と題された、マドリッドの同名の通りを描いたものがあります(写真下) ちょっと見には写真なのか絵画なのか判別が難しい絵ですが、この絵の場合、ロペスは、同じ条件下で描き続けるため、7年の歳月をかけて、夏の朝の6時半にこの通りに立って1日に20分ずつ書き続けたといいます。

Antonio_lopez

 こうした、特にマドリッドの景観を描いた独特の風景画に圧倒されました。いわゆる超細密画というのともちょっと違うような気がします。忠実に風景を細かく描き込むというより、その風景が訴えかけてくる、脳裏に刻まれた一瞬の光の様子、明と暗を描いているように思えます。写真では表現できない写実がここにはあります。まさに、これは複写ではなく創造の世界でしょうね。
 風景画だけではありません。下の、Bunkamura magazineの表紙を飾っているのは、ロペスが彼の娘、マリアを鉛筆だけで描いた一枚です。彼の人物画には、他の誰とも違う独特の雰囲気が漂っています。描く手法なのでしょうか、それとも、にじみ出す本質的な人や物の姿を気の遠くなるような丁寧さで描くからなのでしょうか……
 60歳代の半ばからアントニオ・ロペスがのめり込んでいくスーパー・リアリズムの世界は、他のどの超写実画家とも異なる独自の世界だと思えました。出会えてよかった。

Bunkamura_magazine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月25日 (月)

久しぶりのカメラ購入 悩んだ末にたどりついたのは……

久しぶりに新型カメラを買いました。
 数々の(主にCanonやNikon、Panasonicなど)コンパクトなデジタルカメラを使いながら、仕事ではKONICA MINOLTAやSONY、Nikonのデジタル一眼レフカメラを使ってきましたが、編集の現場から離れた10年くらい前から一眼レフカメラはほとんど使わなくなり、その代わりにRICOHのGXやPanasonicのハイクラスとかミドルクラスと位置づけられているコンパクトなデジタルカメラを使ってきました。
 そして、iPhoneのカメラで、記録するだけなら不満のないレベルの画像を得られるようになってからは、その手軽さから、iPhoneで写真を撮る、記録するという機会ばかりが増えていました。
 昨年の秋、入院をきっかけに始めた散歩で、忘れかけていた「写真を撮る楽しさ」を思い出しました。そうすると、手軽に撮れることだけでは満足できなくなり、昨年の暮れあたりから、いわゆる「ミラーレスの一眼デジタルカメラ」が欲しくなりました。各メーカーから魅力的な製品が数多く発売されたこともあり、自分の使い方に合った製品の物色を始めたのです。
 そして、現時点で考えられる使い方とそれを可能にしてくれるカメラということで、結局、昨年11月に発売されたSONYのミラーレス一眼「NEX-6」に狙いを定めました。

Nex6y_2_j

 恐らく今後フルサイズの一眼レフカメラを使う機会はないだろうし、散歩の時に持ち歩くにはその重さと大きさが邪魔ということもあり、それでも、レンズを変えて撮る喜びは味わいたいということで、いわゆるミラーレス一眼の中から選ぶことになったのです。調べてみると、各社の製品がかなりこなれてきたと思われました。
 昨年後半から今年にかけて、魅力的な製品が続々と発表、発売されました。その中からNEX-6を選んだのは、私なりの事情がありました。まず、一部のレンズを除き、ほぼフルラインナップを所有しているSONY(MINOLTAやKONICA MINOLTAブランドのモノも含む)αシリーズのレンズを再活用したいという事情です。
 NEX-6で使えるマウントアダプター「LA-EA2」を使用すれば、ほとんどのα(Aマウント)レンズが静止画・動画を問わず、高速・高精度なTTL位相差検出方式AFレンズとして再活用できるということもわかりました。

Laea2

 また、豊富なサードパーティ製のレンズ・アダプターを利用すれば、私が所有しているレンズのほとんどが最新テクノロジーのつまったNEX-6のボディで再利用・再活用できそうです。NikonやCannonのレンズはもちろんのこと、かなりの数を持っているLEICAのMマウントレンズ(その中には、大好きなCLE用のレンズも数本)も使えるし、一時愛用していたCONTAXのGレンズ等々、眠っていたレンズが再び陽の目を見る機会が生まれそうです。
 NEXシリーズの中で6を選んだのは、新発売ということもあって、iPhoneへの画像転送をWi-Fiで可能にしていたり、デザイン的にもこなれ、ボタン、ダイヤル類が従来品よりも使いやすそうだったからです。充電器がなくてもUSBコードを使って本体で充電できるというのも便利です。
 諸々の事情から、私の使用条件を満たしてくれそうだということで、SONY NEX-6ボディ本体と、最新レンズも使ってみたいと思い、16-50mm F3.5-5.6と55-210mm F4.5-6.3の2本のズームレンズがついたキットを購入いたしました。さて、使い勝手は良さそうですが、写真のクオリティはどうでしょうか……カメラが良くなったからといって、いい写真が撮れるとは限らないのはよーく分かってはおりますが、期待は大。
 散歩の楽しみがまた一つ増えたことだけは間違いなさそうです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年8月 3日 (金)

スペイン語5期目修了! うれしい修了証書

 2010年前期から続けてきた、東京外国語大学オープンアカデミー(社会人講座)のスペイン語講座の受講は、2012年前期で5期目となりました。週に一回、わずか90分の授業ですが、1期15回を修了した証しに、修了証書がいただけます。
 この歳になって、修了証書というようなものがいただける……そのことだけで結構嬉しいものです。

Photo

 大学で休学をはさんで5年間スペイン語を専攻して学んだにもかかわらず、実社会でスペイン語を使う機会が全くなかった40年間のうちに、私の語学力は全くの初心者と同じレベルまで落ちてしまいました。大学の同級生の多くは商社に就職し、実務でスペイン語を駆使したり、その内の一人は現在ボリビアで大使まで務めている外交官……彼らに対して、語学力という点においては、ずっとコンプレックスを抱いてきました。せっかくスペイン語を学んだのに……という思いが、ちょうど40年経って改めてスペイン語をもう一度学び直してみたいという気持ちをかき立てました。
 とはいえ、私が大学時代にスペイン語を学ぶのにかけた足かけ5年間の時間を無駄だったとは思っておりません。外国語を学ぶという行為は、単に語学力を高めるという側面のみならず、実はそれよりももっと大きな成果を私にもたらしたと思っています。その言葉の背景には、異なる文化や歴史が存在し、それらと触れあうことで確実に私の視野は広がったと思います。
 40年間で、文法もボキャブラリーもすっかり頭から抜け落ちてしまいましたが、スペイン本国やスペイン語を母国語とする南アメリカの殆どの国々に対する関心は持ち続けてきました。それらの国々の自然や文化、小説や映画や音楽、政治や経済の情勢への興味や関心は、スペイン語を学んだ経験がなければ、恐らく通り一遍のもので終わっていたはずです。
 今でも、スペイン語とその文化に対する憧れは人一倍強いものがあります。スペイン語を学んだにもかかわらず、スペイン本国も中南米も訪れたことがないということは、逆に憧れを持ち続けてこられた要因かもしれません。(仕事やプライベートで訪れた国はかなりの数になるのに、どういう訳かスペイン語を公用語とする国には縁がありませんでした)

Prints

↑毎週、けっこうな量の宿題を提出し、教師から丁寧な評価をいただいている内に、少しずつ力がついていくのを実感できました。

 さて、40年のブランクの後に取り組んだスペイン語講座。40年以上前に感じていた憧れよりももっと強い憧れが生まれました。元気なうちにどうしてもスペイン語圏を訪ねたいという気持ちがわいてきました。毎週、結構な量の宿題をこなし、学生時代以上に熱心に予復習を重ねているうちに、映画や音楽の中のスペイン語を聞き取り理解する力は確実にアップしているのを感じます。電子版のスペイン語雑誌を読むとき、辞書がなくてもなんとなく内容が理解できるような気がしています。少なくとも、スペイン語で書かれた書物に対する拒絶反応はすっかりなくなってきました。
 これなら、ずっとスペイン語を好きなままで人生を終えられそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月25日 (月)

台風が近づく中、駱駝との面会が叶いました

 今年初めて台風が本州に上陸した日、セミナーと会議の間に1時間の空きができたので、会社から徒歩10分とかからない国立近代美術館工芸館へ駱駝に会いに行ってきました。1時間あれば、いくつかの美術館や博物館に行って観て来られる環境は嬉しい限りです。
 桜の頃に、竹橋から右手に近代美術館を見ながら坂を上っていく途中、公文書館の掲示板に見つけたポスターが気になっていたのです。駱駝フリークとしては見逃せない催しです。↓

Photo

 雨脚が強くなってきた中、ポスターにあった『越境する日本人』展を観に、工芸館へ。代官町の高速入り口脇にある工芸館に入るのは十数年ぶりです。美術館へはしょっちゅう入っているのですが、器モノに疎いわたしは漆器以外の展覧会にはなかなか足が向かないのです。今回は、ポスターに使われた写真の駱駝に会うのが目的です。後でわかったのですが、上のポスターに使われているのは、『熱河壁掛』という作品(1937年、山鹿清華・作)でした。(実は、この駱駝には会えませんでした。東京藝術大学美術館所蔵のこの作品、展示替えでもう展示が終わっていたのです)
 工芸館の入り口の門柵の看板には別の駱駝の写真が使われていて、期待が高まります。

Img_4518

 いつにも増して静かな工芸館に入ると、私以外の入館者は外国人の女性がひとりだけ。大正から昭和の戦前までの、日本の工芸におけるアジア志向がテーマになった展覧会なので、地味と言えば地味。駱駝に会いたい一心の私のような入館者は珍しいのかもしれません。

Img_4522
↑静寂に包まれた工芸館二階のロビー

 この日観られたのは、門の看板にあった『胡砂の旅』(1937年、沼田一雅・作)、『塞外漫歩』(1940年、津田信夫・作)といういずれも青銅製の置物、そして、山本安曇・作の『三蔵法師置物』(1936年)と、取っ手が駱駝の形をしている『征露花瓶』(1938年)……

Photo_2
(↑同展のチラシより)

 魯山人や梅原龍三郎、河合寛次郎、富本憲吉、川喜田半泥子、浜田庄司などの作品には目もくれず、駱駝がモチーフの作品だけ妙に熱心に観ている私は、とても変な男だったと思います。

 で、満足して展示室を出ようとした時に、壁のガラスケースの中に、吉田初三郎の鳥瞰図を発見! かつて私が編集長時代に雑誌『サライ』でも特集したことのある吉田初三郎の鳥瞰図は、私にとってとても気になる存在であり続けています。展示してあった数枚の鳥瞰図は、いずれも原画ではなく、市販された印刷地図でしたが、その中の最も大きなものが『満蒙の交通産業案内図』で、右端の日本列島から、満州蒙古を含む現中国を中心に細密に描かれたその図の左端の方には、倫敦や巴里までが描かれている大作です。この鳥瞰図の中に、満州から中央アジアにかけて無数の駱駝が描かれているが見て取れました。これは予想外の収穫でした。「吉田初三郎も駱駝を描いていた!」 私にとっては大発見です!

 駱駝に会えて高揚した気分を抱えたまま、社に戻ったのですが、工芸館のそばの北の丸公園には白い紫陽花とその向こうに菖蒲が咲いており、台風の影響か人っ子ひとりいない公園で密やかに咲く花が、高まる気持ちを鎮めてくれました。

Img_4523

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月12日 (日)

一村と松園、鮮烈と気品

 夏の終わりに、田中一村展(千葉市美術館)と上村松園展(国立近代美術館)を観に行きました。
 私にとっては、それぞれ三回目の展覧会になります。
 両者ともに、「凄い、素晴らしい」のひとことに尽きます。絵描きの息子のくせに、絵を語る資格もなければ、その感想を伝える言葉も貧弱で、自分でももどかしさに恥じ入るばかりですが、一村も松園も観る度に感動を覚えます。生い立ちも境遇も、画風も、ある意味対極にある日本画家と言えるかもしれませんが、それぞれの生き様が絵に表れているようで、興味が尽きません。

100828

 そういえば、9月11日は一村の命日でもあります。彼は人生後半、奄美に移り住み、奄美の自然をテーマにした晩年の絵が強烈な印象を与えますが、私は、千葉で暮らしていた一村が、千葉市内千葉寺付近の農村風景を、そこに暮らす人たちを含めて描いた作品群にも惹かれます。懐かしさと温かさを感じます。

 田中一村は、不遇のうちに一生を終え、没後その類い希な「日本画」の独特の世界が認められて有名になりました。壮絶とも言える彼の人生の後半、南国に移り住んで追求した絵の世界とその境遇から、「日本のゴーギャン」とも呼ばれますが、今回、私にとっての新たな発見がありました。ゴーギャンも田中一村も、晩年、南国の強烈な日差しとそれが作り出す陰影のコントラストの中に、宗教的とも思える神秘的な生命への深い洞察を表す作品の共通性です。ゴーギャンの絵の中に、タヒチの山の頂に白い十字架を描き入れた作品がありますが、その想いと、一村が『不喰芋(くわずいも)と蘇鐡』と題する作品の中に、暗い奄美の杜の向こう、明るい海上に神の宿る島を配した想いは、どこか共通するものがあるように感じました。(下の絵はがきセットの封筒の絵が『不喰芋と蘇鐡』)

Photo

 パリの画壇に絶望してタヒチへ渡ったゴーギャンと、中央の画壇に絶望して奄美に渡った一村……恵まれなかった晩年の生き様には、どこか共通する「見えてきたもの」があったのでしょうか。死して作品を残し、後世にその名声が高まるという芸術家がいた一方で、生きている間にそこそこの幸せを享受し、大して波乱もなく人生を送り、死後に何も残せない(だろう)という私のような凡人と、その人生はどちらが幸せなのでしょうか。皆が皆一村やゴーギャンのように生きることもできないし、それは非現実的ですが、「それでいいのか?」と問いかけてくる作品の前で、私はただ立ち尽くすばかりでした。

100910

 さて、その一方で、上村松園です。明治、大正、昭和の時代を生き、一環して「気品ある美人画」という世界を追求したこの画家は、女性では最初の文化勲章受章者でもあります。ある意味、極めて恵まれた画家としての人生を歩んだ松園は、世俗の汚れとか欺瞞や悲しみに満ちた現実の世界(戦争など)とは一見無縁の、静謐でありながら、女性の本質に迫るような実に鋭い視線を伴った作品を数多く残しています。松園は、気品という一線を越えぬよう、内なる情念を抑え続けたのでしょうか。その抑えきれぬ想いが表われた作品も中にはあるようでしたが、全体として穏やかな印象を受けます。

 松園と一村、比較する対象ではない両者の作品展を観て、ひとことで日本画といっても、その表現は多彩で奥の深いものがあることを改めて感じるとともに、どんな芸術も、ジャンルに分けるのはあくまで観たり聴いたりするこちらがわの都合、特に研究者と呼ばれる人たちの都合であって、描く側、奏でる側にとってはジャンルなんてどうでも良いことだという想いを強くしました。

 偉大なる才能に触れて、感嘆を伴う幸せな時間が過ごせました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 9日 (日)

私的IT事始め Q-PICで写真をMacに取り込んだ頃

 駿河台下交差点近くの、キヤノンZERO-ONEショップで、Macintosh SE/2floppy-driveを買った1988年。あのSEの日本での価格は、確か748,000円(よくぞ一括で支払ったものだ、信じられない!)だったと記憶している。
 翌年、なんとか写真をMacに取り込めないかと試行錯誤。スキャナーを自分で所有できるような時代ではなかった。HPやEPSONのフラットヘッド・スキャナーやミノルタやNikonのフィルム・スキャナーを手に入れたのはずいぶん後のことだったように思う。

Qpic

 で、私は、発売されたばかりのCanon/Q-PICを使って、撮影したデジタル画像をMacに取り込むこと考えた。私、根っからの文系頭で、無い知恵を絞り出し、Q-PICを力業でMacに繋いで、どうにかこうにかMacに(今から思えば、ずいぶん粗い画像だったが)写真をビットマップで表示できたときには、心の中で「バンザイ!」を叫んだものだ。
 あまりに嬉しかったので、毎週のように立ち寄っていたZERO-ONEショップの店員さんに、「Q-PICで撮った写真をMacに取り込めましたよ」と言ったら、「そんなことできないと思いますけどねぇ」と言われたのを懐かしく思い出す。
 思えば、あれが私のデジタルカメラ1号機だった。今では1000万画素を越えるクオリティの写真画像を、無線でMacに飛ばして保存(Eye-Fi)、フルカラー(なんとも懐かしい言い方!)で表示、プリントアウトもできる時代だ。Macも、たった1MBの内蔵メモリーは今や32GBまでふくれ上がり(3万2千倍!)、使っているデジタル・カメラは驚異的に進歩した。もう何年もフィルム・カメラを使っていない。70台を越えるフィルム・カメラ、この先使う予定がない。デジタル・カメラは買い換えるたびに旧機種を人にあげたり、捨ててきたけど、フィルム・カメラは手放せない。
 懐かしがっているだけではない。そういうテクノロジーの進歩をリアルタイムで経験できた楽しさの一方で、ほんとうにそれで良かったのかと我が身のIT化を振り返ってみることも必要なように思えてきたのだ。
 iPhoneやiPadに浮かれていていいのかと……

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月18日 (日)

らくだモノ情報

 東京・世田谷・代田に『らくだ屋』 という喫茶店があるとの情報が、長野の諏訪に住む友人から寄せられた。
 私が、大のらくだ好きだと知っている友人からの情報。嬉しい。世田谷・代田は私の徘徊ルートからは遠いので、この喫茶店は知らなかった。
 その気になって探すと、「らくだ」とか「駱駝」という名前のお店は意外と多いもので、東日本橋薬研堀にも、『煎豆亭らくだ』という珈琲専門店があります。

R0013391
 店先を通りかかると、いつも、店内でコーヒー豆をひとつずつ選り分けている店主の姿が見えますが、どうやら店主は私同様らくだ好きのようで、店内は下の写真のようになっております。(私が持っているコレクションと、おおよそ80%くらいは同じモノが置いてあります)

R0013393

 街歩きで看板に出会っても、なかなか店内にまで足を踏み入れる機会はないのですが、それでも、好奇心からふらりと入ったことのあるのが、↓この銀座のバー。

R0013981

 銀座では、↓こんな看板も見かけました。ここにはまだ入ったことがありませんが……

R0013979

 そして、ごく最近、友人が買ってきてくれたのが、↓このナッツ類。

R0014592

R0014595

 私には「らくだ」も「ラクダ」も「駱駝」も、そして「Camel」も、ぜ〜んぶ興味の対象、コレクションの対象となります。この夏、普天間かおりさんから誕生日にいただいた扇子にも、平山郁夫画伯のらくだの絵。普段しめるネクタイも、だいたい全部らくだ柄(約70本)。

P1030715

↓普天間さんから、上の扇子をもらった日に、神田駅の構内で安売りしていたネクタイがこれ。

P1030712

 最近では、私の親しい友人たちは、私の名前を聞くと、本人の顔よりも先に「らくだ」というイメージが先に浮かぶようで、情報が集まりやすくなって喜んでおります。ふふ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年3月 7日 (日)

洋の東西、印象的な二つの美術展を観て思いました

ボルゲーゼ美術館展
2010年02月06日 上野・東京都美術館

100206


特別展・長谷川等伯

2010年02月26日 上野・東京国立博物館

10022601

 今、同じ上野で二つの興味深い美術展が開かれています。私は2月に、その両方を観に行く機会がありました。ボルゲーゼ美術館展は、イタリアはローマにある同美術館が所蔵する15世紀から17世紀にかけての、ルネサンスとバロックのイタリア美術コレクションで、ラファエロやカラヴァッジョなどが含まれています。一方の、長谷川等伯展は、等伯没後400年を記念して開かれた、国宝3件、重要文化財約30件を含む個人にスポットを当てた美術展です。
 偶然ですが、時代の重なっている西洋と東洋の二つの美術展、なかなか興味深いものがありました。

 イタリアの名門貴族の出身であるボルゲーゼ枢機卿が集めた絵画と彫刻を中心にしたコレクションは、当然のことながらキリスト教という宗教が色濃く反映している作品が多く、等伯の方は、絵師としての原点が仏画であったという、これまた仏教という宗教が深く関係しています。その対比を観ると、西洋人と日本人の宗教観や精神的な背景の違いが見えてきます。

10020602

 15世紀〜17世紀あたりのキリスト教というのは、どこか絶対的で、ある種の規範を形成していたからこそ、工夫を凝らして揶揄したり反発の対象としてみたりする芸術家の心が透けて見えてくることがあります。今回の展覧会でもそれを感じました。
 同じ頃の日本では、仏教は反発や揶揄の対象というより、もっと身近な存在として引き寄せるために美術が役割を果たしていたのではないだろうかと、等伯の仏画を観ながら思いました。
 画家の息子でありながら、私は、美術には疎く、40代まではあまり関心を抱けなかった世界ですが、50を過ぎた頃から、自然体で美術を鑑賞することができるようになりました。相変わらず、その受け止め方は的外れであったり、感想を適切な言葉で表現できなかったりしますが……

 両方の美術展を観、等伯の、仏画から始まり、狩野派と競い合う華麗で精緻な色彩の世界、そして幽玄でどこか清冽な水墨画の世界を観ていって、私が一番惹かれたのは、等伯の水墨画でした。

10022602

 ↑『松林図屏風』

 有名なこの松林図屏風の実物にも驚かされましたが、その他、等伯の手になる水墨画には、観ているうちにその風景の中にいて何時間でも遊んでいたくなる自分を発見します。想像力をかき立てられ、描かれてない部分が見えてくるのです。私が落語にはまっていった経緯ととってもよく似ています。すべてを描いて見せないからこそ見えてくるものがあるという…… やっぱり私が日本人だからでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月13日 (日)

Tilt-shift Photography

04

 最近ネット上でも一部で話題になって注目されている、カメラのチルト・シフト撮影というのをご存じでしょうか。
 私のメーリングリスト仲間の間でも、このチルト・シフト撮影(Tilt-shift Photography)で撮影した写真を公開しあったりして、話題になっています。
 私は、この「焦点をシフトしてぼかしを加え、一部分をクリアに表現することによって、まるでミニチュアのように見える風景写真」の撮影方法をチルト・シフトと呼ぶことを、最近になって知りました。iPhoneのカメラ用で、簡便にこのチルト・シフト撮影を行うアプリケーションもあるということを友人から教えられました。
 友人が撮ったり、ネット上でも公開されているこの手法を使った写真を見ているうちに、ふと思いました。私がMac上で、メールの次によく使っているアプリケーション=PhotoShopの機能の中の「フィルター・メニュー」に「レンズ効果によるぼかし」の機能があるのです。
 撮影時に、専用のレンズや、効果を適用するフィルターを使う代わりに、撮影済みの写真に後加工でこの効果を加えてみたらどうだろう……
 というわけで、試しに国内外の風景を撮った写真から適当に選んで、PhotoShopでワンクリックでフィルター効果を適用して、チルト・シフト写真のアルバムを作ってみました。http://gallery.me.com/iwamotosatoshi#100164
 写真を加工してみて気づいたのは、このチルト・シフトが効果的に表現できるのは、「乗り物や建物などが、俯瞰のアングル(奥行きを感じさせる)で撮られた写真で、被写体が比較的彩度の高い色合い」のものほど、それらしい写真になるということです。

 ネット上で公開されているモノの中には、このチルト・シフト撮影法を使った動画もあって、その中でも出色なのが、スイスの鉄道風景を撮った映像http://vimeo.com/4946315
やはり、鉄道という被写体と俯瞰のアングルが、まるで鉄道模型を撮影したような映像に仕上がっています。

 面白いですが、ちょっと食傷気味かな。これなら、ミニチュアを撮れば済むことで……(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月14日 (日)

わが家の駱駝コーナー

 わが家のリビングの一角に、『駱駝コーナー』があります。自分で買い集めた駱駝グッズを中心に、知人・友人からいただいたものも含め、毎月数が増えていく駱駝……
 このコーナーに置き切れない小物(大物も)は、近所に借りているオンボロ・アパートに保管してあるのですが、この写真の3〜4倍のコレクションが眠っております。ほかに、70本近い駱駝柄のネクタイ、キャメル素材のジャケット、毛布、コースターや絵はがき、グリーティング・カードの類いは私の書斎のあちこちに散らばっております。
 今更止めるに止められないコレクション。増殖に増殖を重ねております。
 インターネットで、駱駝のコレクションをしていてホームページを持っている人を探してみたことがありますが、ほとんどの駱駝グッズ・コレクター自慢の品は、私も同じものを持っていたりして、負けたと思ったことはありません。が、しかし、やはりどんな世界にも上には上がいるもので、アメリカのオクラホマだかに住んでいる大学生のホームページを見た時は、さすがに「負けた」と思いました。
 彼は、ホンモノの駱駝を飼育していたのです。
 それと、2年前、私が『駱駝』という雑誌を創刊する直前、当時出演していたラジオの番組で、「近々、『駱駝』という雑誌を創刊します」としゃべったのがきっかけで、大阪に住む方からお手紙をいただいたことがあります。その人も、駱駝好きが高じて、オーストラリアに駱駝二頭を所有しており、年に何か月かはその駱駝に会いにオーストラリアへ出向き、今ではその駱駝を含めた駱駝に乗って旅するツアーを企画運営している人もいます。
 十年ほど前までは、犬猫などに比べると、フリークの存在しない駱駝だと思っていましたが、意外にも、かなりの数の駱駝フリークが存在することを知りました。
 負けてはいられません。

070102

| | コメント (0) | トラックバック (0)