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2017年5月に作成された記事

2017年5月30日 (火)

私の編集者としてのスタートは 手塚治虫先生担当

 私が、小学館に入社したのは、1971315日。新入社員教習、書店での実習期間が終わり、配属先が決まったのは同年521日のことでした。女性誌で家庭実用欄の編集に携わりたいという希望を持っておりましたが、配属されたのは『ビッグコミック』編集部。まだビッグコミック兄弟誌の『オリジナル』も『スピリッツ』も『スペリオール』も誕生前で、月刊から月2回刊になったばかりの『ビッグコミック』本誌だけでした。

 最初に担当させていただいたのが、手塚治虫先生。『ビッグコミック』では『きりひと讃歌』の連載中で、先輩のSさんから担当を引き継がせていただきました。それから約2年間、いわゆる「手塚担当」をさせていただいたのですが、今思えば、右も左も判らぬ新入社員のかけだし編集者にとってこの上なく名誉な経験でした。


 正直に告白しますと、子どもの頃に確かに『鉄腕アトム』も読んでいましたが、どちらかというと横山光輝先生の『鉄人28号』の方に夢中だった私です。手塚先生が偉大なまんが家であることは、私が編集者のスタートを切った頃にはすでに衆目の一致するところでしたが、コミック誌の編集者になるとは思っていなかった私は、手塚作品の熱心な読者というわけではありませんでした。むしろ、当時押しも押されもしない人気作家でもあった手塚先生は、ベテラン編集者にとってもスケジュール通りに原稿を受け取ることが難しい作家の筆頭だということで、できれば担当したくない作家だったのです。


 ですから、先輩や同僚からも「新入社員で手塚担当か……大変だね」と、同情されたり脅されたりだったのです。しかし、担当させていただいて数か月、私は先生の作品というより、手塚治虫という人物の魅力の虜になっていきました。『きりひと讃歌』の最後の10話と、その次の新連載作品の準備から連載スタート、そして物語が佳境に入るころまでを担当させていただいた間に、私は子どもの頃から抱いていた手塚治虫という人のイメージがガラリと変わる経験をさせてもらいました。

 

 新連載スタート時に担当した作品は『奇子(あやこ)』という、私の知っている手塚作品のどの系譜にも属さない、社会派劇画とでもいうべき、『ビッグコミック』読者層の大人に向けたかなりシリアスな作品になりました。『きりひと讃歌』も、「子どもまんがの神様」とか「日本のディズニー」というような手塚作品のイメージとはかなりかけ離れた作品でしたが、『奇子』は、それ以上に以前の作品とはまるで異なる匂いを持っていました。終戦直後の日本の世相、下山事件を想起させる歴史の暗部にも鋭く迫りながら、かなり性的な表現もあれば殺人もあるという「文部省推薦」とはほど遠い異色の作品です。子ども向けの、あるいは万人向けの手塚作品しか知らない人は、ぜひ『きりひと讃歌』や『奇子』を読んでみてください。あなたの手塚作品に対するイメージが崩壊すること請け合いです。

Photo

 手塚治虫という作家の偉大さはそこにあります。とにかく守備範囲が広いというか、まんが・コミックという表現手段で可能な世界の、全てを描き尽くしたいという桁外れの貪欲さを持っていた方でした。また、後輩の若い作家のデビュー作までが気になってしかたないという、大作家らしからぬ嫉妬心の持ち主でもありました。私は、「この人の作品を生み出す原動力は、嫉妬心か?」と思ったりもしました。

 かけだし編集者の私にまで、「岩本さん、◯◯誌でデビューした◯◯さんの作品を読んでますか? どうしてあの◯◯さんはあんなに人気があるのですか! どこが面白いと思いますか」と、真剣な眼差しで私に尋ねられるのです。そして、次々に新しい表現手法を試し、新人作家がユニークな視点で描くジャンルにも挑み続けてそれを凌駕するという姿勢を最後まで貫かれたと思います。トップを走り続けること、それが手塚治虫という作家の使命であるかのように…… そして、1989年、60歳の若さでこの世を去られた手塚先生。 私は、手塚先生の享年を十年も超えて生きています。先生の偉大な業績に比べて、なんと無駄に長生きしていることか……

【余話1】
 実は、私が連載開始を担当させていただいた作品『奇子』は、現在、角川文庫で読むことができることを最近知りました。なぜ、小学館のコミックスのラインナップに入ってなくて、どういう経緯でKADOKAWAの文庫に収録されることになったのかは知りません。しかし、自分が担当させていただいた作品が、50年近く経って、もう一度読むことができるのは嬉しいことです。(電子版は、E-Book Initiative japan

【余話2】

『奇子』は、スタート時に手塚先生と編集長の間で、作品のタイトルを巡ってかなり激しいやりとりがあり、間に入った私はオロオロするばかりでした。とうとう最後は、皇居外周の道路をぐるぐると何周も回るハイヤーの後部座席で、手塚先生とK編集長の直接対決にもつれこみ、前部助手席に乗ってはらはらしながらそのやりとりを聞いていた担当の私……今回、改めて角川文庫版で『奇子』を読みながら、あの時の緊張感がよみがえりました。当時、手塚先生はまだ44歳だったことに、今更ながら驚きを禁じ得ません。どう思い返しても、堂々たる大作家のオーラに溢れていらしたからです。

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2017年5月26日 (金)

私のFacebook利用ポリシー【Ver.2】

Facebookを使い始めた頃に、自分なりの『Facebook使用ポリシー』を策定して、SNSの利点と欠点をおぎなってきたつもりです。しかし、その使用ポリシーも、時代にそぐわない点や私自身の思いが至らなかった部分などもあり、5年ぶりに補足訂正することにいたしました。原則は変えておりません。

 

 長い間雑誌というメディアで仕事をしてきた私は、Facebookというメディアにリアルな人間関係を求めてしまいます。(所詮はネットメディア、そんな絵空事は無理という意見も承知の上です)不特定多数の方とのコミュニケーションは、雑誌の世界でさんざん経験してきました。それでも、現役時代には読者からいただいたお便りには、毎日最低20通の返事を書き続けることをノルマとして自分に課してきました。できるだけリアルなコミュニケーションを実現しようと努めてきたつもりです。そういう人生を歩んできたので、恐らく多くのFacebookユーザーとは異なる感覚と期待をもっているのかもしれません。そこで、自分なりに以下のようなポリシーを策定しております。

◎自らのプロフィールは必要にして充分な内容を公開とし、立場と経歴を明らかにした上で、投稿は基本的に「公開」設定にしております。ただし、一部誤解を受けやすい投稿に関しては閲覧制限を設けています。Facebookは本来、本名で参加し、お互いに相手のことをよく知っていることが前提のはずです。匿名でプロフィールも公開しないのであれば、Facebookを利用する意味がないとさえ思っています。

 限られたスペースのコメントの中で、誤解や曲解のリスクを可能な限り減らすためには、相互に相手がどのような方であるかを知っておくことが大切だと思っています。お互いの立場や、背景、性格なども知っていれば、「いいね!」ボタンの押し方も、お互いに理解できます。

 私の投稿には、どなたでもコメントがつけられる設定にしておりますが、誹謗中傷の類や他の方が読んで不快に思われそうなコメントは勝手ながら削除させていただいています。投稿に無関係の、私への個人的なメッセージも、タイムラインからは削除させていただき、メッセージでのやりとりに移行させていただいています。

◎タイムラインの投稿内容について

 私の投稿の多くは、自らの行動、経験の備忘録的な内容です。自分史的な、過去の思い出の投稿も少なくありません。そんな独りよがりの投稿が多いので、お恥ずかしい限りですが、世相や社会状況に対して率直な感想や意見を述べさせていただく場合もあり、私がどのような人間で、どのような立場で発言しているかを明らかにしているつもりです。

 私自身の投稿には自分で責任をとる覚悟ですが、いただいたコメントの内容にまでは責任を持てません。前述したように、明らかに私の投稿の意図と異なる、他の人を不快な気分にさせてしまいそうなコメントは削除させていただいています。気分良く使えるメディアでなくては、私にとって意味がありません。Facebookは、投稿の公開範囲を投稿毎に細かく設定できる利点があります。上手に利用したいものですね。

◎「友達リクエスト」について

 ありがたいことに、多くの方からいただくのですが、今までリアルなお付き合いのあった方には、基本的に「承認」ボタンを押させていただきます。今後お会いする機会ががあると思われる方も同様です。また、仕事上のお付き合いだけという方も、「友だち」とさせていただくのは失礼にあたると思っておりますので、「承認」を躊躇する場合があります。

➡「リクエスト」をくださる方が、私のことを良くご存じでも、残念ながら私がその方のことをよく知らないという場合も多々あります。その場合は、その方のプロフィールを拝見するようにしています。ところが、困ったことにメッセージもメール来ず、単に「リクエスト」だけを下さる方に限って、プロフィールを拝見しても私との関係が不明なことが多いのです。その場合は、失礼ではありますが、「リクエスト」にお応えしておりません。顔写真を含めたプロフィールをある程度公開されていないと、私のアドレス帳にお名前はあっても、同姓同名の他人ということがあり得るのです。そういう場合、ひとこと、メールやメッセージで「いついつ、どこで会った◯◯です。リクエストを送ったぞ」あるいは「◯◯といった理由でリクエストを送ります」とご連絡いただければ、安心できます。

 実は、知人であるように「なりすまし」て、スパム・メッセージを拡散するという例が後を絶ちません。

Facebookの「友だち承認依頼ボタン」の機能だけに頼らず、「よかったら、Facebook友だちになりませんか」程度のメッセージのやりとりはしたいものですね。第一、ボタンひとつで友だちができたりできなかったりというのは、自分にはどうしても馴染めないのです。友だちというからには、もう少し大切な関係でいたいと思うのです。それを面倒だと思うような関係ではもったいないと思っています。


➡また、リクエストを下さる方は、果たして私のプロフィールに目を通してくださったのだろうか?と疑問に思うことがあります。私自身は、自分が友だちになりたいと思う方のプロフィールはとても気になります。必ず読むようにしています。友だちなのに、相手の性別や居住地や年代層も知らないままで平気というのは、私には信じられません。お互いにその程度の情報は共有してこその「友だち」だと思います。

➡同様に私の方から「リクエスト」を差し上げる場合は、必ず別途メッセージをお送りするようにしています。メッセージのない私からのリクエストはスパムと判断していただいて結構です。

➡私はFacebook相互コミュニケーションのツールだと思っておりますので、ご自身のウォールに書き込みがなく、お互いのコメントに反応もなく、一方的に私のウォールを読んでいるだけ……というような方との「友だち」リンクは、残念ですが外させていただいております。Facebookはブログとは異なる使い方をすべきでしょう。

➡繰り返しになりますが、リクエストには必ずメッセージをください

 このようなポリシーでFacebookを使っている私は、ひょっとすると何人かの方に無礼な対応をしているかも知れません。しかし、時間や機会があれば、お目にかかって会話を楽しんだり、食べたり飲んだりすることもしてみたいと私自身が思うような方と、上辺だけでないお付き合いをしたい、少なくともそのような気持ちを持ち続けたい。

  仕事に結びつけることは、ほとんど考えておりません。結果として仕事でご一緒できるなら、それもまた嬉しいというくらいの気持ちです。

 かつて、私にリクエストを下さった方に、メッセージで「プロフィールを公開されていないようですが、せめて私にはプロフィールを教えていただけませんか?」と返事を書いたところ、「プロフィールを教えろと言われたのは初めてです。自分の身の安全のためにお教えすることはできません」と憤慨されたことがあります。私は、その方がなぜFacebookを利用されているのか理解できませんでした。もちろん、リクエストはお断りしました。

 ですから、私にとってのFacebookは楽しみながら使って、前向きな気持ちを維持できるメディア。そして「友だちを作るためのメディアというより、友だち関係を維持するためのメディア」です。ともすれば希薄、疎遠になりがちな人間関係の密度を回復してくれるツールです。

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