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2017年3月に作成された記事

2017年3月28日 (火)

「平成の伊能忠敬」同行記

鈴木康吉さんと歩いた28km
 かつて測量のため伊能忠敬の歩いた日本の沿岸を、リヤカーを押して歩いている人がいる……と、伊能忠敬研究会の先輩から教えられて知ったのは、昨年の秋のことでした。その「平成の伊能忠敬」さんは、第二次行脚の帰路で、私の住む伊勢亀山市の公園で野宿をして、私がそのことを知った前日にはすでに四日市まで到達していたため、昨年はその姿を拝見するチャンスを逃してしまいました。その直後、Facebookに旅の記録を時々投稿されていることを知り、メッセージを送らせていただきました。
 今月になって、「平成の伊能忠敬」と呼ばれる愛知県大府市在住の鈴木康吉さん(74歳)は、私をFacebookの友人として認めて下さり、鈴木さんの投稿で、第三次の旅に出ることを知ったのはほんの数日前のことでした。
 3月25日にご自宅のある大府市を出発し、26日に四日市入り。27日に四日市を出発して亀山を通過する予定だと知り、「それなら、27日の朝、四日市の宿泊先のホテルまで参ります。お邪魔でなければ一緒に歩かせてください」とお願いしたのは2日前のことでした。26日夕、鈴木さんから私のiPhoneに連絡が入り、「雨の中、真面目に歩いたので午後3時にはホテルに着いちゃったよ」とのこと。
 27日早朝、私は亀山駅から電車で四日市の鈴木さんの宿泊先のホテルへ向かいました。7時半ごろにホテルでというお約束だったのですが、6時半ごろにJR四日市駅に着いたので、お目に掛かる前に、同行ウォーキングの足慣らしに、1時間、約6km四日市市街を歩き回ってホテルに到着したのが午前7時半。
 ロビーで待っていると、ほどなく、すでに駐車場に置いたリヤカーの点検を済ませた鈴木さんが登場。Facebookでお互いの顔を知っておりましたが、もし気むずかしい方だったら……とちょっと緊張しておりましたが、その心配は全くの杞憂でした。いきなり旧知の友人のごとく接して下さり、私も生来の図々しさですぐに打ち解けることができました。
 簡単な本日の予定をお聞きしたあと、「もしよろしければ、亀山まで同行させてください。その場合は、旧東海道をご案内しながら行くのはいかがでしょう」との提案に、鈴木さんは「それがいいねぇ」と同意してくださり、基本的に旧東海道を亀山まで歩くことになりました。私が部分的には何度も歩いている旧東海道ルートを繋げればいいので、私の頭の中には旧東海道の地図がインプットされています。
 鈴木さんが下調べをしていた関宿(亀山市)までの最短ルートをタブレット端末で見せてもらいましたが、ほぼ国道1号線を歩くルートで、約25km。それに比べると、旧東海道を歩くと5km以上余計に歩くことになります。特に四日市市内の旧東海道がどの道なのかをご存じなかった鈴木さんを案内して、ホテルを出発したのは午前7時50分ごろでした。

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↑ホテル出発直後。

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↑四日市市日永付近の旧東海道。

 一緒に歩きながら、鈴木さんと私はほとんど途切れなく話続けます。底抜けに明るい鈴木さんは、しゃべり続けても歩調を乱すことなく、予想以上に速いペースでリアカーを押していきます。私は、並んで歩いたり、時として道路の反対側に渡ったり、駆け足で前に回ったり立ち止まって先を行く鈴木さんの後ろ姿を撮ったりしながら、順調に距離を稼いでいきます。四日市市街地を抜けて、旧東海道と伊勢街道の分岐点、追分から小古曽を抜けて行く旧東海道は、鈴木さんに取っても私にとっても初めて歩く道。内部橋を渡り、采女で鈴木さんが買い物をするためにマックスバリュに立ち寄るまでは、休みなしで8kmを順調に1時間15分くらい。

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↑鈴木さんの相棒のリヤカーには「歩いて日本の沿岸一周り」とのプレート。これを読んで声をかけてくる人が、この日も数人。リヤカーの荷台天板には日本地図が描かれ、野宿の時に使うマットレスと、スマホやタブレット端末の充電用に太陽電池が固定されています。
 

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↑お気に入りのマックスバリュで、この日の食料や弁当の買い物。
 買い物を済ませた後、采女の里は、1号線が約2㎞かけて緩やかな上りとなっているのに比べ、旧東海道は、杖衝坂(つえつきざか)の急坂を上ります。今回の同行ウォーキング中、ルート案内を私が受け持つ以外は、鈴木さんの旅スタイルを尊重し、私は傍観者に徹することに努めましたが、さすがにこの急坂では、最後の100mほどは、鈴木さんが曳くリヤカーの後を押して上がります。結果として、杖衝坂がこの日最大の難所となりました。写真ではわかりにくいのですが、ただ歩いて登るだけでもけっこう大変な坂です。天気がよくて幸いでした。雨でも降っていたら、鈴木さんひとりではかなり手こずったと思われます。

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↑ここが、この日最難関だった杖衝坂。このカットを撮ったあと、私もリヤカーの後ろを押してやっとのことで坂上まで……。通常は押して行くリヤカーですが、急な上り坂ではこのように曳いていきます。

 四日市の外れ、采女の里を抜けて鈴鹿市に入るころから、追い風だった風が、かなり強い向かい風に変わりましたが、鈴木さんのペースは落ちません。私も負けていられないと、相変わらずおしゃべりしながら歩きます。

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↑石薬師一里塚

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↑堤防下で風を避けながら、ちょっと早い昼食中。
 鈴木さんは、三重県伊勢市の出身。少年の頃に図書館で読んだ伊能忠敬の伝記に感動し、長い間、伊能忠敬の歩いた道を旅する夢を温めていたそうです。昭和42年に愛知県に移り、以後大府市で大工の仕事をされてきました。私が大学進学で名古屋住み始めたのが昭和41年ですから、青春の第二の人生スタートは同じ時期だったことを知りました。
 道すがら、鈴木さんの若き時代の苦労の日々の話や、もちろん伊能忠敬先生や伊勢松阪が生んだ稀代の探検家にして清廉潔白な偉人・松浦武四郎さんの話題、そして鈴木さん自身の日本の沿岸を一周するリヤカー旅の、第一次(2015年)、第二次(2016年)の旅の話など、話しても話しても尽きない話題が続きました。
 鈴木さんが、少年の頃からの夢を実現すべく、リヤカーで第一次の旅に出発したのは、72歳の春。愛知県大府市の自宅から、太平洋岸の海岸線を辿り東北地方を北上、北海道に渡って反時計回りに一周。帰路は、青森から日本海側を福井まで歩き、関ヶ原経由で名古屋熱田神宮まで戻ったのは、ちょうど7か月後の10月でした。北海道は歩きやすく、一日に40kmくらい行けたとか。北海道以外は、大体一日に20〜30kmのペースで歩を進めるとのこと。
 昨年の第二次の旅では、愛知県大府市から北陸へ抜け、山陰の日本海側を山口まで。九州に渡り、反時計回りに九州を一周。帰路は瀬戸内海沿岸、大阪、滋賀を経由し亀山を通って四日市まで、約6か月の旅。ビジネスホテル泊まりと野宿は、ほぼ半々というのが、鈴木さんの旅スタイル。全国どこにでもあるマックスバリュが、朝7時から開いているので、そこで食料等の買い物をするのが常らしい。
 鈴木さんにとって、今回が第三次で最後の一周旅になります。前回歩き残した、大府市から名古屋を抜けて四日市まで歩いて来たところで、私が飛び入り同行をさせてもらったという訳です。
 鈴鹿市に入り、しばらくは国道1号線と旧東海道と重なる部分もあり、多くは交差しながら蛇行している旧東海道を通っていきます。石薬師宿庄野宿の中間、石薬師の一里塚付近で、11時半、鈴木さんはちょっと早い昼食を済ませます。旅の間、鈴木さんは一日に5食という日々が続きますが、歩いているせいでスリムな体型に変化はないそう。
 風の当たらぬ鈴鹿川の堤防下で小休止の後、庄野宿を順調に抜け、亀山市に入る手前、関西線の駅と旧東海道が重なる井田川駅で、もう一度小休止。休んでいる間も、私たちはほとんどしゃべりっぱなし。

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↑庄野宿に入る手前まで、しばらく国道1号線沿いと旧東海道が重なっている部分があり、大型トラックがすぐ脇を走って行く。この日は、旧東海道の、今は静かな道を歩くことが多くて、鈴木さんには喜んでいただけました。
 井田川から、河岸段丘の上に開けた旧東海道亀山宿までは、緩やかな上り勾配が続きますが、鈴木さんの足取りは変わりません。井田川駅で休んだあと、「ああ、これで足の疲れた取れた」とボソッとおっしゃった鈴木さんの言葉に、私は正直、ホッとしました。「鈴木さんも少しは疲れるんだな」と安心したのです。

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↑庄野宿資料館前には、広重のあの有名な庄野宿の浮世絵が……

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↑庄野宿から亀山宿に至る途中、旧東海道が安楽川で遮られ、この部分は少し迂回して新しい橋を渡ります。背後に、前日の寒波で再度冠雪した御在所岳が見えます。

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↑関西本線・井田川駅前の鈴木さん(左)と私。

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↑亀山宿に至る緩やかな勾配を登る。

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↑鈴木さんのリヤカー押しは、通常はこのスタイル。後方左手に見えるのは、亀山宿江戸方向の一里塚跡。

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↑各戸に昔の屋号のプレートがかかる、亀山宿手前の旧東海道。

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↑亀山城址の脇の下り坂を行く。

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↑私と別れて、この日の宿泊地、関宿方面へ向かう鈴木さんの後ろ姿。また夏の終わりに会いましょう……と約束して別れる

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↑鈴木さんが自ら彫り上げたカエルの置物。旅の途上で協力者の方にさしあげる木彫りのカエルを私にもくださいました。恐縮です。
 午後3時10分、亀山城の下で、「今夜は関宿泊まり」という鈴木さんの前途無事を祈りつつ、今日一日一緒に歩かせていただいたお礼を伝えて、ホテルを探しながら関宿方面へ国道1号線を西に向かう鈴木さんの後ろ姿を見送りました。
 この後、鈴木さんは伊賀、奈良を抜けて和歌山から徳島に渡り、四国を一周した後、再び和歌山へ戻って、帰路は紀伊半島の太平洋岸をぐるりと半周して伊勢から尾張へと戻る予定です。夏の終わりに、伊勢を通過する時に、また一緒に歩きたいと再会を約束してあります。
 午後6時過ぎ、鈴木さんから自宅に戻っていた私に電話がありました。「今夜は、ホテルが取れなかったので関宿の道の駅の隅で野宿します」との連絡。「あんたのお蔭で道に迷わず、旧道を歩けた。今日はとっても楽しかった」とも言ってくださいました。私にとっても忘れられない一日になりました。初対面の方と、こんなに楽しく一緒に歩けるなんて思いませんでした。旧東海道の案内役ができたことで、今後の私の旧東海道ウォーキングにちょっと自信もつきました。
 関宿まで行った鈴木さんの、この日の総歩行距離は31.5kmだったようですが、四日市のホテルから、亀山宿で鈴木さんと別れるまでの私のウォーキング・データは次の通りです。写真撮影のために道路をジグザグに走ったりしたので、鈴木さんのデータに比べて少し多めの数値になっていますね。実際には、7時49分より前に足慣らしで6㎞ほど余分に歩いているんですけどね。だから、この日一日で私が歩いたのは、約34kmということになります。

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ルート: 旧東海道【四日市宿〜亀山宿】
アクティビティー: ウォーキング
スタート: 2017/03/27 7:49:31
移動時間: 5:29:02
停止時間: 2:04:11
距離: 28.17 km
平均ペース: 5:12/km
最高ペース:  7:43/km
カロリー消費: 1616

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