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2017年1月24日 (火)

食べ物についての随筆      今一番気になる森下典子

 食べ物について書くことは、ほんとうに難しいとつくづく思います。長い間雑誌の編集に携わり、食べ物の企画にも数限りなく携わってきました。自分で食べ物について、Facebookなどにも書くことはありますが、ほんとうに難しいものです。食べ物についての随筆の上手な書き手こそ、ほんとうの名文家と呼べるのではないかと、常々思ってきました。

 難しいテーマを難しく書くことの容易さに比べると、食べ物のテーマは書き手の文章力やセンスがむき出しになる怖さがあります。しかも、多くの場合、書き手と同じものを読み手が知っていたり、食べたことがある場合が多く、共感を得ることと同じくらい違和感を感じさせてしまうものです。

 

 他の分野の随筆も同じでしょうが、書き手が普遍的だと思っていることが、往々にして独りよがりの思い込みだったり間違いだったりすることが、食べ物の場合は特に多いように思われます。そして、一歩間違えるとかなり下卑た品のない随筆になる危険性をはらんんでいます。世に言う高級な料亭の高価な料理について書けば上品で、商店街の安価な惣菜やインスタント食品について書けば下品かというと、全く違いますね。どちらかというと、その逆になることの方が多いかもしれません。

 我が家の本棚の随筆コーナーは、飲食に関するものと旅に関するものが圧倒的に多いのは、自身が食いしん坊であることと同時に、編集者として書き手をプロデュースするときに、その人の書いた飲食に関する文章を真っ先に参考にさせていただいてきたという理由が大きいのです。文章力を計るバロメーターとして、食べ物の随筆は最適だと思っています。

 若い時分から、名文家と呼ばれる人の書いた物も含め、食べ物に関する随筆を人一倍多く読んできたつもりです。書き手は作家であったり、料理人であったり、俳優だったり。近年、私が大好きで、そのほとんどの著作を手に取っている書き手の中に、二人の卓越した感性の持ち主がいます。東海林さだおさんと、森下典子さんの二人。タイプの異なる二人ですが、編集者として食べ物の随筆を本にしたいと思うときには、おそらくまっ先に名前が浮かぶのがこの二人です。

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 東海林さだおさんは、今更私が触れるまでもなく、膨大な食にまつわる随筆が書籍として流布しているので、ここでは、「食べ物の随筆で笑いたければ、東海林さだおを読むに限る」とだけ言っておきましょう。さて、注目すべきは森下典子さんです。ご存じの方も多いと思いますが、彼女は、大学時代から『週刊朝日』の人気連載「デキゴトロジー』のルポライターとして活躍した人で、当時「典奴」の名前で書かれた彼女の文章が面白くて『週刊朝日』を買い続けていたことを思い出します。雑誌を編集する時のヒントや、エンタテインメントとしてのルポの書き方を随分学ばせていただきました。

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 後に、私は森下典子さんのベストセラー『日日是好日』(飛鳥新社・刊)で、遅まきながら生まれて初めてお茶(茶道)への興味をかき立てられました。最近読んだものの中では、『いとしい たべもの』(文春文庫)が印象に残っています。この食べ物に関する随筆集は、食品加工機械メーカー、カジワラのホームページで連載が続いている随筆をベースにして、新たに書き下ろされたものを加えて編集されたものです。私は、読み進めながら、カジワラのホームページに書かれた森下典子さんのエッセイに注目し、本にまとめるという仕事をした編集者に嫉妬を覚えました。

『いとしい たべもの』では、名店の有名な菓子も登場しますが、多くは著者の子どものころに食べた母親の料理だったり、七歳の著者自身が作ったサンドイッチ、学生時代に出会ったインスタント麺や、多くの家庭の食卓に見られるソースやカレーのルウなどについて、独自の視点と思い入れに郷愁という調味料を加えて書かれています。

 カレーパンの空洞や、崎陽軒のシウマイ弁当の食べ方に、ここまでこだわった書き手がいたでしょうか? 笑いながらも、しみじみと共感を覚える文章は、森下典子さんの持ち味です。『日日是好日』で泣かされた私は、『いとしい たべもの』で、今は亡き父母や弟を思い出さされて、また泣かされました。文章もさることながら、この本では、著者自身が食べ物のイラストを描いています。そのイラストが素晴らしい。魅力溢れる一冊ですが、その魅力の半分はイラストではないだろうかと思うくらいでした。森下典子、恐るべし。

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