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2017年1月22日 (日)

俄然興味が湧いてきた      松浦武四郎という偉人

 過日、津市の石水博物館に『江戸時代を歩こう~古絵図・錦絵・名所図会を携えて~』という特別展を観にいった折り、同博物館主催で『炎の旅人 松浦武四郎』という記念講演会が開催されることを知りました。早速その場で聴講を申し込み、1月22日(日)に、講演会の会場である三重県立美術館へ行ってきました。

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 松浦武四郎という人物については、「北海道という地名の名付け親。江戸から明治期にかけて、蝦夷地を探険した人」というくらいのわずかな知識しかなかったのですが、伊勢亀山に移住してから、松浦武四郎が伊勢松阪出身であることを知りました。

 幕末の蝦夷地探険というと、私の尊敬する伊能忠敬や間宮林蔵という人が思い浮かびます。伊能忠敬を心の師と仰ぐ私にとって、石水博物館の『江戸時代を歩こう~古絵図・錦絵・名所図会を携えて~』は、見逃すことができない特別展でした。それを機会に、松浦武四郎という人物についてもっと知りたくなったのは、何か運命的なものを感じます。

 伊能忠敬先生が亡くなって来年(2018年)で200年になります。私は、今、伊能忠敬研究会の末席を汚す会員ですが、来年研究会では没後200年を記念してのイベントを開催する予定で、私もそのお手伝いをしています。松浦武四郎は、伊能忠敬先生が亡くなった年、1818年(文政元年)に現在の三重県松阪市に生まれています。この偶然を、私はとても偶然として片付けることができません。

 来年、2018年は、伊能忠敬没後200年、そして、松浦武四郎生誕200年の年になります。改めて二人の偉大なる先人について学ぶ絶好の機会です。今、期せずして伊勢亀山の住人になった伊能忠敬ファンの私にとって、松浦武四郎という人物に出会うのは必然だったような気がしてきました。

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 今回の『炎の旅人 松浦武四郎』と題する講演会(講師は、松阪の松浦武四郎記念館・主任学芸員の山本命氏)を聴いて、ますます、この伊勢が生んだ探検家にして旅人、登山家であり、ルポライターであり出版人でもある松浦武四郎に興味がかき立てられました。偉大な業績を残している人物なのに、伊能忠敬や間宮林蔵のように一般にはほとんど知られておらず、教科書に登場することもなかったはなぜなのか……講師の山本氏の言葉を借りれば、「反骨の人であったということ。松前藩や幕府、そして明治政府に対しても、その蝦夷政策を批判したことと無縁ではない」ということのようです。

 アイヌ民族との交流、アイヌ民族の文化保護や地位向上に尽くしたヒューマニスト・松浦武四郎は、もっともっと知られるべき偉人だと思います。特に、北方領土問題や、大国が自国第一の保護主義に走る気配が濃厚な世界情勢を見るとき、民族や地域差の壁を超えて、協調の理念を貫いた人物、松浦武四郎の姿勢に学ぶことは山ほどあるように感じます。

 しばらく、伊能忠敬先生同様、松浦武四郎先生のことを研究してみたくなりました。


↓松阪では、松浦武四郎記念館を中心に、毎年2月最終日曜日に『武四郎まつり』を開催しています。

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コメント

私は松浦武四郎ファンの一人です。

松浦武四郎記念館で行われている、「武四郎を読む会」に9年間参加しています。

投稿: えび | 2017年1月30日 (月) 12時04分

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