« 2016年7月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年8月に作成された記事

2016年8月 1日 (月)

25年以上続く愛読者交流会

 インターネット全盛の現在では、もはや死語に近い「パソコン通信」。私がそのパソコン通信で初めてNIFTY-Serveに接続したのは、同サービス開始の翌年、1988年4月17日のことでした。同時期に日経MIXというサービスにも加入しました。当初はワープロ専用機の東芝ルポで接続したのでした。その後 、 当時使用していたMacintoshSEでも接続することができましたが、あの頃の通信設定にはほんとうに苦労させられのを思い出します。

 当時、私はアウトドア・ライフ誌BE-PALの編集長という立場でしたが、編集後記に「私のNIFTY-ServeIDPBB◯◯◯◯◯です。このID宛てにメッセージをいただければ必ずご返事を差し上げます」と書いたことがあります。今ではとても考えられない暴挙ですね。NIFTY-Serveの会員も、『BE-PAL』の発行部数と同じ10万~20万人規模だった頃の話ですが、インターネットのメールアドレスを雑誌に載せて「必ず返事を差し上げます」などと約束したら……と思うとゾッとします。

 実はそれ以前、1986年に、在籍していた『BE-PAL』編集部で、初めて編集長を拝命した時から、ちょっとした訳があって、編集部宛に届く読者の方からのお便りやアンケートのハガキに、1日最低20通は返事を書くということを自らにノルマとして課しており、毎日20通、週に100通のハガキを書き続けておりました。その日課は、その後『サライ』『ラピタ』などの編集長を務めていた現役時代の最後まで続きました。年間に約5千通のハガキを約20年間書き続けたことになります。

 読者の方と誌面外でも、できるだけコミュニケーションをとることをモットーとしていた私は、パソコン通信の出現は大いに歓迎すべき出来事でした。なので、気軽に「メールを下さった方には必ず返事を書く」などと書いてしまったのです。

 今では想像もできないでしょうが、インターネットと異なり、限定された会員同士のメールのやりとりしかできなかった初期のパソコン通信でしたから、ひと月に届いたメールは20通に満たなかったと記憶しています。そのうち、メールのやりとりをする読者の方が次第に増えていき、常連の読者の方に対して『ドン・キホーテ通信』という名の同報メール(今ならさしずめメール・マガジンといったところでしょうか)を配信するようになりました。

 ただ、通信費も端末機器も私個人の負担で行う、非公式の愛読者とのメールのやりとりでしたから、必ずしも定期的というわけではありませんでした。その私が配信する同報メールの会員が50名に達した頃、私と愛読者との放射線状の繋がりだけでなく、私からの同報メールを受け取っている読者の方同士が繋がることはできないだろうかと考えるようになりました。インターネットのSNSなら、いともたやすいことですが、フォーラムを開設するほどの規模でもなかった私と読者の方との繋がりでしたから、まずはオフラインで皆さんのお目にか掛かることから始めようと考えました。その頃、通信を通じて知り合って、すでに家族ぐるみでのお付き合いが始まっていた読者のお一人Oさんと相談し、私と愛読者の皆さんとの初めてのオフライン・ミーティングを実施したのが、1990年の8月25日のことでした。

↓下の写真は、その初めてのオフライン・ミーティングに参加した皆さんとの、六本木のスペイン料理レストラン前での記念写真です。前列左から3人目が私ですが、その右斜め後ろのグリーンのポロシャツの男性が当時『BE-PAL』のフリーランス・スタッフだったKさん。それ以外の方は全て『BE-PAL』の読者の方とその配偶者の皆さんでした。

Dq

 あれから、25年以上の歳月が流れましたが、同報メールからメーリングリスト……現在のFacebookとネット上の交流の手段は変わりましたが、毎年全国どこかの場所で何度かのオフライン・ミーティングを続けながら、私と元読者の皆さんとの交流は今でも続いています。私の編集する雑誌が変わる度に新しいメンバーが増えていきました。もちろん、一時よりも人数は減る一方で、それ以降に新たにメンバーに加わってた読者や仕事仲間の人たちもいて、私がリタイア後も相変わらず年に何度か実際にお目に掛かって飲食を共にしたり、旅をしたりする関係が続いています。

 学校の同窓会でもなく、仕事関係の同期会でもなく、愛読者の皆さんと1編集者とその仕事仲間という集まりが、奇跡的に25年以上続いてきたことは私にとってこの上ない喜びです。素晴らしい読者の方々や仕事仲間と知り合えたこと、そしてそれが4分の1世紀も続いてきたこと、編集者冥利に尽きます。

 今では、読者と編集者や仕事仲間という関係ではなく、性別も年齢も職業もさまざまな貴重な友人同士としてのお付き合いになりました。ありがたいことに、雑誌の編集という仕事をしていたことがきっかけで、私には誇るべき生涯の友人ができたのです。我ながら、ほんとうに幸せ者だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年11月 »