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2013年4月30日 (火)

飯田橋のきしめん専門店『尾張屋』は、恥を知るべし!

 私は、現役の編集者として雑誌作りに携わっていた頃から、人や事を貶すためにページを割くことはしたくないという主義でした。特に、紙の雑誌の場合、限られたスペースを「良くない」モノや「オススメできない」コトのために使うのは資源の無駄と思ってきました。
 もちろん、批評(批判も含めて)メディアの必要性は充分に理解しているつもりですし、読者の方がそれを期待して読む雑誌も当然あってしかるべきだと思います。単行本の場合は特に、テーマとして「貶す」こともあり得るでしょう。読む人に「同じ過ち、同じ間違い」をしていただきたくないという思いもわかります。
 それでも、私が作ってきた雑誌、書籍は原則として「貶す」ことはしないできました。そういう雑誌、書籍だけを作ってきたことを自分では幸せだと思っています。ですから、私の関わった出版物はジャーナリズムというジャンルには、間違っても属さない、ある意味ノー天気なライフスタイル情報誌が中心でした。

 が、しかし、今回はどうしても見過ごせないので、書き残しておかなくてはなりません。

 東京でおいしいきしめんに出会うのはかなり難しいと思っていました。上京して社会人になってしばらくは、学生時代を過ごした名古屋の、あのきしめんや味噌煮込みうどんの味が忘れられなくて、しばしば新幹線に飛び乗って名古屋日帰りの旅をしたものです。
 ある日、勤務先からほど近い神田小川町の平和堂靴店の裏手に、『尾張屋』という、カウンターだけのきしめん専門店を見つけ、その味に惚れてしばし日参しておりましたが、いつの間にか店がなくなり、行き帰りに必ず寄っていた平和堂靴店も今はもうありません。やはり、おいしいきしめんは名古屋へ行かなくては食べられないと、長い間、名古屋駅新幹線下りホームの立ち食いか、地下街の『よしだ」で食べるきしめんを楽しみに生きてきました。
 そんな折り、十年ほど前に、日暮里駅近くの蕎麦屋『川むら』で、名古屋で食べるきしめんに匹敵、もしくはそれを上回る満足度のきしめんに出会ったのです。品書きに、わざわざ「名古屋きしめん」と書かれているのは、東京の他店のきしめんがあまりにも情けない状況だということを表しているようでした。
『川むら』を知ってからは、おいしいきしめんが食べたくなった時に新幹線に乗らなくても、山手線か京浜東北線に乗ればよくなったことは嬉しいことです。数日前、その『川むら』を訪ねた時、いつものきしめんではなく、魔が差して、つい他店であまり見かけないという理由から、「あさりせいろ」など食べて、あまり感動を覚えず、「きしめんにしておけば良かった」と、つい愚痴めいた反省をFacebookに投稿してしまいました。
 食への拘りを持つ目ざとい方が、「『川むら』は遠い、都心においしいきしめんはないのか」とコメントを下さいました。昔通った、小川町の『尾張屋』を思い出し、ネットで検索してみました。そうすると、飯田橋駅すぐのところに、きしめんの専門店『尾張屋』というのが存在することがわかりました。ネット上での評判も悪くないようです。私は、かつて自分が通ったあの『尾張屋』を思い出し、ひょっとすると、飯田橋に引っ越していたのかも知れないという思いに囚われました。
 で、今日の午後、神楽坂に行く用事ができたので、神保町から歩いて飯田橋経由で神楽坂に向かう途中、お昼の1時過ぎに、そのきしめん専門店、飯田橋『尾張屋』に立ち寄ってみたのです。
 連休の谷間のお昼時を少し過ぎた時刻だったので、駅から近い割にはお客の数が少ないように思いましたが、テーブルに着いて品書きを見た途端、「あ、ちょっと違うかな」と思ったのは、品書きの数が尋常ではない多さで、的を絞りきれない場合、たいていは「ハズレ」なのです。専門店のプライドと自信があれば、メニューの数をそれほど増やさなくても客はつきます。
 目もくらむ多さの品書きの中から、私が選んだのは、東京ではめったに出会えない、「木の葉丼」ときしめんのセットメニュー(880円也)。

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 かつお出汁の香りはなかなかです。が、熱めのつゆをひとくち飲んで、「あれ、しょっぱい!」と思いました。薄口しょうゆをつかったつゆの場合、見た目以上に塩分が多いので、その錯覚かなと思い直しました。
 次に、木の葉丼ですが、卵でとじられた具を口にして、お決まりの蒲鉾と椎茸の他に、思いがけず歯応えも香りも好ましい筍がたっぷり入っているのがいいぞ、と…… でも、ここまででした期待が持続したのは。
 下のご飯をひとくち食べて、淡い期待は見事に打ち砕かれ、奈落の底です。どうやれば、こんなにまずい飯が炊けるのか、と思うくらい、芯の残ったボソボソの飯は、ふた口めに箸が伸ばせません。それでも、「残すのはもったいない」世代としては、我慢して食べました。食べているうちに悲しくなりました。あまりに酷いではありませんか、こんな飯を平気で客に出す店、信じられません。
 そう思うと、申し訳のように付いているサラダにも腹が立ちます。せめて、ほうれん草か小松菜の茹でたものにしてくれ!
 で、肝心のきしめんですが、熱いつゆの中で伸びきったのか、元々こうなのか判断がつかないくらい、ボソボソ飯とバランスをとったのかと思うくらい、コシも歯触りもないふにゃふにゃ麺にカツオの香りだけはする塩湯のようなつゆ……思わず涙ぐみましたよ、この私が。
 昼時の混雑の後だったのでしょうが、明らかに茹で置きの麺としか思えません。これなら、スーパーの茹で麺に、市販のつゆの素で、青ネギと揚げの刻みを入れたほうが遙かにうまいきしめんが食べられます。

 がっかりです。もしかすると、「たまたま」そういう時間帯に当たったのかも知れません。しかし、こんな酷い飯を平気で使う神経、専門店なのにスーパーのきしめんに劣るものを平気で出す感性が許せません。少なくとも私は「たまたま」入った店ではないのです。期待して、わざわざ訪ねた店なのです。専門店なら、その期待に少しは応えて欲しいと思うじゃないですか。
 きしめんが好きなら、月に最低一度は食べるでしょう。年に12回ですよ。私が仮に、うんと長生きして百歳まで生きるとしても、そして今のペースで食べ続けられるにしても、あと400回までは食べられないきしめんですよ、その貴重な1回にこんな酷い仕打ちを受けるとは!
 あまりにも悲しいので、ついに書いてしまいました。麺好きの、こよなくきしめんを愛するご同輩に、私と同じ悲しい思いをして欲しくなくて書きました。こういう客の思いを粉々に打ち砕くような店に、私は二度と出会いたくないと……

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コメント

メニュの中身が多すぎるのは怪しいーーというのは達見だと思います。なるほど、自信がある料理を出す店なら、そうたくさんは不要。

雷門の<並木の薮>然り!ですから。

投稿: 犬養智子 | 2013年5月 2日 (木) 09時53分

小川町のきしめん尾張屋といえば、こちらでしょう。
http://www.dagashi.org/tokyo/awaji1.html

投稿: CAO | 2019年7月12日 (金) 10時55分

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