2012年1月26日 (木)

丸2年、4期通ったスペイン語中級II講座が修了

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 2010年の春から通ってきた、東京外語大のオープンアカデミー『スペイン語中級II』講座。先日、その4期目を無事修了しました。
 大学でスペイン語を学んだとはいえ、以来40年間、全くといっていいほど使う機会もなければ、学び続けることもせず、全くの初心者以下のスペイン語の語学力になっておりました。仕事で、たまに行った海外で使う英語のほうが、まだましという状態だったのです。
 2年前の春、一念発起。せっかく青春の一時期に学んだスペイン語、どの程度ダメなのかを知りたい好奇心と、今更恥をかきたくないという恐れがないまぜになったまま、改めて学び始めたスペイン語です。
 熱心な講座仲間の皆さんの向学心と、それを上回る熱心さで根気よく私たちを教えてくれる講師の先生に励まされ、中級コースを、これまで4期連続受講してきました。どんどん難しくなる授業内容に、どこまでついていけるか不安でしたが、なんとかここまで挫折することなく続けられました。
 不思議なモノで、動詞の活用など、遙か昔に忘れたはずのことが、無意識のうちに口をついて出てきたり、学生のころ、あれほど理解に四苦八苦していた文法もなんとなく理解できたり……とはいえ、毎回出される宿題を仕上げるのが精一杯。テキストのエッセイなど、一応読めはするものの、辞書がなくては意味が理解できません。テキストは書き込みで余白が埋まってしまい。辞書はほとんど全ページにアンダーラインの跡を残し、巻末の動詞の活用表はボロボロになりつつあります。
 それでも、なんとか4期目も無事修了。期末の授業の後、4枚目の修了証書をいただきました。素直に嬉しく思います。この歳(もうすぐ65歳!)で、何かを全うして、その証書をいただけるというのは、達成感もあり、嬉しいものです。半年単位で区切られた講座なので、数年通わなくてはもらえない卒業証書と違い、ちゃんと出席さえしていれば誰でももらえる修了証書だとはわかっていても、「がんばった甲斐があったな」と自分を納得させられる喜びがあります。
 もう1期続けるかどうか思案中ですが、いつの間にか、スペイン語の雑誌や書籍を手にして、なんとなく読み続けられそうな気持ちが湧いてくるのは、曲がりなりにも続けてきた成果でしょうか。そうであって欲しいものです。

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2012年1月18日 (水)

私のFacebook使用ポリシー

私のFacebookポリシー
 長い間雑誌というメディアで仕事をしてきた私は、Facebookというメディアにリアルな人間関係を求めてしまいます。(所詮はネットメディア、そんな絵空事は無理という意見も承知の上です)不特定多数の方とのコミュニケーションは、雑誌の世界でさんざん経験してきました。それでも、読者からいただいたお便りには、毎日最低20通の返事を書き続けることをノルマとして自分に課してきました。できるだけリアルなコミュニケーションを実現しようと努めてきたつもりです。
 そういう人生を歩んできたので、恐らく多くのFacebookユーザーとは異なる感覚と期待をもっているのかもしれません。なので、自分なりにポリシーを策定しています。

◎「友達リクエスト」については、ありがたいことに、多くの方からいただくのですが、今までリアルなお付き合いのあった方には、基本的に「承認」ボタンを押させていただきます。最近知り合い、今後ともお会いする機会ががあると思われる方も同様です。ただし、ほぼ毎日顔を会わせて、声をかけようと思えばいつでも会話ができるほど日常の仕事で近しい方は敢えてリクエストにお応えしておりません。

◎「リクエスト」をくださる方が、私のことを良くご存じでも、残念ながら私がその方のことをよく知らないという場合も多々あります。その場合は、その方のプロフィールを拝見するようにしています。ところが、困ったことにメッセージもメール来ず、単に「リクエスト」だけを下さる方に限って、プロフィールを拝見しても私との関係が不明なことが多いのです。その場合は、失礼ではありますが、「リクエスト」にお応えしておりません。
 第一、ボタン一つで友だちができたりできなかったりというのは、自分にはどうしても馴染めないのです。友だちって、そんな簡単にできたりできなかったりするものではないだろうという思いがぬぐい去れないのです。


◎また、同様に私の方から「リクエスト」をする場合は、できるだけ別途メッセージをお送りするようにしています。(私のプロフィールについては、必要にして十分な情報は公開しているつもりです)

◎したがって、毎日のように顔を会わせている人や、今まで一度もお目にかかったことがない人で、わたしの「お友達」としてリストに載せさせていただいている方は、それぞれ1〜2名の方だけということになっています。

◎限られたスペースのコメントの中で、誤解や曲解のリスクを可能な限り減らすためには、相互に相手がどのような方であるかを知っておくことが大切だと思っています。お互いの立場や、背景、性格なども知っていれば、「いいね!」ボタンの押し方も、お互いに理解できます。

 このようなポリシーでFacebookを使っている私は、ひょっとすると何人かの方に無礼な対応をしているかも知れません。しかし、時間や機会があれば、お目にかかって会話を楽しんだり、食べたり飲んだりすることもしてみたいと私自身が思うような方と、上辺だけでないお付き合いをしてみたい、それが私の思いです。仕事に結びつけることは、ほとんど考えておりません。結果として仕事でご一緒できるなら、それもまた嬉しいというくらいの気持ちです。
 ですから、私にとってのFacebookは「友だちを作るためのメディアというより、友だち関係を維持するためのメディア」です。ともすれば希薄、疎遠になりがちな人間関係の密度を回復してくれるツールです。

 こんなFacebookの使い方、間違っているのでしょうか?

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2012年1月 9日 (月)

年末ジャンボは当たらなかったが、浅草寺のおみくじは当たった!

 実は、昨年末12月28日に中野へ笑い納めの落語会へ行って以来、カードケースがなくなっていました。そのカードケースの中には、二つの会社の社員証、定期券、保険証、病院の診察券とかTカード、経費精算用のキャッシュカード……などが入っていたのです。銀行のキャッシュカードやクレジットカードは財布の方にはいっているので、年末年始休暇に入っていたこともあって、最初はそんなに慌てていませんでした。というか、間抜けなことに、大晦日に三重の亀山へ行く用事があり、列車に乗ろうとするまで、紛失には気がついていなかったのです。
 わかっているのは、28日の夜、駅の改札はPASMOのカードで通過しているという事実だけ。どうせポケットか鞄の中だろうと思って、正月2日に帰宅してから再度の大捜索。4日の日には、「絶対に駅と家の間で落としたに違いない」と思い込み、乗降駅と近くの交番に問い合わせてみましたが、結局出てこずじまい。

 新年早々にそれぞれのカードの紛失届けや再発行手続きをしなくてはならないと思うと、気分は沈みがちでしたが、気分一新のために出かけた浅草金龍山浅草寺で、お参りの後に引いたおみくじが↓これです。

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「吉」でした。失物のところには「出て来るでしょう」とあります。一縷の望みを抱いて帰宅、その日も改めて探してみたのですが、見つかりません。

 翌朝、仕事始めで出社前、洋服ダンスの、いつもは開けない引き出しを何気なく引いたら、その中に茶色のカードケースを発見。1週間ぶりのご対面です。

 そういえば数年前、同じような「神隠し」状態があったことを思い出します。寝る前に外して、枕元に置いたはずの眼鏡が、朝起きると忽然と姿を消しており、1週間スペアの眼鏡で過ごした後、布団をしまう場所ではない押し入れの奥のほうから見つかったということがありました。無意識のうちに、何かに取り憑かれて置いたとしか思えない意外な場所から出てきたという意味では、今回も全く同様の結果となりました。

 落としたのは、昨年の「厄落とし」。おみくじから窺えるのは「今年は当たり年、吉」ということだろうといいように解釈した出来事でした。お粗末。

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2012年1月 3日 (火)

名古屋駅新幹線ホームのきしめん、「上り」と「下り」で味が異なる

 名古屋駅新幹線ホームの「上り」と「下り」で、きしめんの美味しさは異なるのかどうか……この正月に改めて食べ比べてみました。
 結論から言います。「上り」と「下り」では、明らかに味やきしめん自体の食感に差があります。その違いで味の優劣を一概には決められません。「美味しい」「まずい」は好みに依るところが大きく、単純に優劣は決められないからです。
 さて、「上り」ホームのスタンドと「下り」ホームのスタンドは、実は微妙に品書きが異なります。今回私が食べ比べたのは、山菜きしめん(温かい出汁)ですが……
●「上り」ホーム  山菜・なめこきしめん 470円
●「下り」ホーム  山菜きしめん       430円
 なめこが入るか入らないかの違いはありますが、値段も40円の開きがあります。

↓まずは、「上り」ホームの山菜・なめこきしめん

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 盛りつけが「下り」よりも美しい。ネギの量も多め。油揚げは長方形です。

 ↓下が「下り」ホームの山菜きしめん

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 盛りつけの美しさは「上り」に比べて劣るものの、鰹節の量が半端ではなく、油揚げも大きめで三角形です。出汁の量もたっぷりです。

 で、私の好みで選ぶなら、やはり「下り」(写真下)ホーム。「上り」に比べると、出汁が少ししょっぱいとは思いますが、やや甘味も感じられ、きしめんにはぴったりの出汁です。値段も(なめこは入っていませんが)40円安い。きしめん自体も、食感が「上り」よりも私の好みに近いものがあるのも好感が持てます。これで、青ネギたっぷりならいうことなし!なのですが……

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2011年12月25日 (日)

クリスマスにやってきたラクダたち

 生まれたばかりのイエスをベツレヘムに訪ねてきた「東方の三賢者」。クリスマスの時季には、その様子を表す馬小屋の模型が飾られたりするのを見たことがあります。場所が馬小屋ということから、東方からやってきた占星術の学者たちは、馬に乗ってきたように想像しがちですが、彼らが乗ってきたのはラクダでしょうね、場所からして。学者たちからの贈り物の中に「乳香」があったということですから、今のオマーンあたりから彼らはやってきたのかもしれません。

↓この絵にも、馬小屋の外にはラクダが描かれています

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 さて、そのクリスマスのプレゼントに、二人のガールフレンドからラクダの置物をいただきました。きらびやかな、いかにもクリスマスらしいラクダたちです。これでまた、私のコレクションが増えました。(もう、とっくに1千頭を超えていると思います)

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↑東方の三賢者が乗ってきたのは、この三頭だったのかもしれません。コブの部分が蓋になっていて、小さな豆くらいなら入れられるようになっています。でも、いったい何を入れるのでしょうか?

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↑こちらは、愛嬌のある、デフォルメされたラクダ。脚が2本しかないのですが、どう見てもラクダです。このラクダのこぶの部分も蓋が開いて、こちらは指輪くらいなら入りそうですが、指輪をしない私は何を入れるか思案中。

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2011年12月18日 (日)

やっぱり、京王プラザホテルのドーナツが一番!

 昨日、『セガンティーニ展』を観るため、西新宿の損保ジャパン東郷青児美術館を訪ねた帰り、久しぶりに京王プラザホテルのコーヒーハウス『樹林』へ。

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 京王プラザホテルは、私が上京して会社に勤め始めた1971年に開業したホテルです。開業当時は、まだ周辺に高層ビル群もなく、浄水場跡地が空き地になっていたのを思い出します。
 コミック誌の編集に携わっていた頃は、仕事上、毎日のように新宿とそれ以西に行くことが多く、何かというとこのホテルで待ち合わせをしたり、食事をしておりました。そして、出会ったのが、『樹林』のレジ脇で販売もしていた同ホテル特製のドーナツ。メニューには載っていませんでしたが、頼めば『樹林』でコーヒーと共に食べることもできました。
 以来、40年近く、私にとって理想のドーナツの最右翼が京王プラザ製。長い間、東の横綱が京王プラザなら、西の横綱は宝塚ホテルのドーナツというのが不動の存在だったのですが、ここ10年ほどは京王プラザ製のドーナツがホテルからも、新宿駅西口の京王百貨店にあった売店からも消えて、寂しい思いをしておりました。
 ここ数年のドーナツのお気に入りは、関西ならやはり宝塚ホテルのもの。東京なら、三越本店の新館地下で買えるフォートナム&メイソンだったのですが、最近、改装オープンした赤坂のキャピトル東急ホテルのドーナツが、往年の京王プラザのドーナツに近いものがあって「新発見!」でした。
 しかし、昨日、あの、私の中で幻化していた京王プラザホテルのドーナツに再会できたのです! 昔と比べると大きさが半分くらいになっていましたが(価格は1個180円、当時は200円だったかな?)、買って帰って食べた結果、一瞬にして東の横綱に返り咲きを果たしました。
 賢明なドーナツ・ファン(そんな人がいるかどうか知りませんが)ならおわかりでしょうが、私にとっての理想のドーナツは、ずばり、ハード! フワフワと柔らかなドーナツ(特にパン系)はいけません。しっかりと歯ごたえのある、敢えて言えば、ホームメイド的とでもいいましょうか……とにかく、軟弱なドーナツはいけません。ミスター・ドーナツなら「オールド・ファッション」にとどめを刺しますが、試しに京王プラザホテル製と食べ比べてみてください。その違いは歴然です。
 というわけで、昔の恋人に再会した報告でした。

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 ドーナツに欠かせないのは、美味しいコーヒー(ホットミルクもいけます!)ですが、急いで飲みたい時に重宝するのがインスタント・コーヒー。「え、インスタント?」と思われる向きもおいででしょうが、最近のインスタント・コーヒーを侮ってはいけません。インスタント・コーヒーにも「こだわり」と「高級感」志向が出てきています(価格も高級化)。中でも、今の好みは、↓ネスカフェの『香味焙煎』。挽いてから時間の経ったコーヒー豆で淹れるくらいなら、このインスタントの方がましと思える味です。

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2011年12月 7日 (水)

2011年12月02日 13時46分、わが父死す

 12月2日午後1時46分、かねてより闘病中であった父が、90歳の人生の幕を閉じ、永眠いたしました。意識不明で緊急入院してから3日目のことでした。
 同居する弟からの報せを受け、急ぎ帰省して、血糖値や血圧を上げる処置で意識が回復したわずかの時間に間に合いました。父への感謝の言葉と、「会えてよかった」との呼びかけに、小さく頷く父の目からは一筋の涙が流れ落ちました。
 幸い、最後の3日間は病院のベッドの上で安らかな時間を過ごせたことと思います。苦痛を感じることなく旅立てたのではないかと……

 本来ならば、父の後を継いだ木彫工芸家の弟が喪主を務めるのでしょうが、重度の認知症で介護の必要な母の面倒をみてくれている弟に代わり、私が喪主を務めました。
 弟は、仕事をかかえながら、両親の介護に明け暮れ、不肖の兄である私に代わって献身的な親孝行をしてくれました。全く頭が上がりません。

 今まで両親の介護を一人で引き受けてくれていた(そして、今後も残された母の面倒をみてくれる)弟に対するせめてもの感謝の気持ちを表そうと、とにかく葬儀の手配から、お手伝いをいただいた町内会の皆様へのお礼、お寺での初七日繰り上げ法要まで、弟が手の回らない部分をカバーすべく、慌ただしく動き回りました。まだ緊張が解けないので、疲れは感じておりませんが、ホッとしております。

 皆様からの心温まる弔電・供花を始め、現市長、前市長始め、生前の父の活躍を偲ばせる方々にご会葬いただきました。三人の孫たちも列席した告別式、弟も私も、まずまずの見送りが出来たものと思っています。

 実は数年前から、弟は津山市の市政功労者表彰の記念品の漆器を作る仕事もしているのですが、父が津山市の功労者として表彰された時に、その記念品を作ったのも弟。その作品を棺に入れて、父のあの世への手土産といたしました。
 父は今ごろ、あの世への道すがら、弟の作品を見ながら、「まだまだオレの域には達してないな」と笑いながら、後を継いだ弟のことを心配していると思います。

 若い頃には、東芝、松下という電機メーカーに勤めながら洋画家を志し、上野美術学校に学びました。戦後はその洋画の技法を活かした木彫漆器の美術工芸家として、地元津山城の別名鶴山城にちなんだ「鶴山彫」(かくざんぼり)宗家として、半生を作品作りと、私の弟をはじめとする弟子の育成に捧げた父です。津山の天台宗石山寺大僧正にいただいた戒名、『芸徳院鶴彫紫山居士』は、父の人生を巧に象徴するものとなりました。
 合掌。

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2011年12月 1日 (木)

岡山県津山市の隠れた名物がこれです!

 昨日から、故郷津山に帰省中。
昏睡状態の父の付き添いで、一日病院にいます。お昼は、病院のすぐ近くにあるお好み焼き屋へ。津山は、最近でこそホルモンうどんが大ブームで、そこかしこに幟が立ち、食べさせる店が異常に増えています。
この店のメニューにも載っています。しかし、私の記憶に残っているのは、あくまでもお好み焼きです。大人になってからは、いわゆる「広島風」、いわゆる「大阪風」、いわゆる「東京風」……と、数え切れないお好み焼きをいただきましたが、子供の頃故郷の街で食べた、あのお好み焼きと同じモノは出会ったことがありません。強いて言えば、「広島風」に近いのですが、何かが違う。
 今日入った店は、子供の頃に通っていたお好み焼き屋さん(今はもうありません)から百数十メートルほどの場所です。「ホルモンうどん」の幟が立ってないだけでホッとします(笑)。代わりに「おでん」の幟。
 さて、「ハズレ」た時に悔しいので、あまり期待せずに頼んだ「モダン焼き」(当時はこんな言い方もなかったと思います)が、ああ、なんと、50年以上前に好んで食べていたあのお好み焼きにかなり近いのです。広島風ほどキャベツの量は多くなく、生地が厚めで食感はねっとり……かといって大阪風でもない。ソバは一旦炒めてから本体と合体させるので、ソバ自体にも味がついています。そして、なによりも、ソースに「オタフク」を使うという安易さに流れていないところに好感を覚えます。塩気の強いウスターソース仕上げ。
 これですよ、コレ! 今回、確信いたしました。確かに「津山風」のお好み焼きが存在すると! 「ホルモンうどん」の影にかくれていますが、「津山風お好み焼き」はいけます! 別に名物になって欲しいと思っているわけではありませんが、ちょっと自慢。

↓昭和の香りのする店先の風景と、店内の様子。

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↓見よ、このこってり感。黙っていてもマヨネーズ……というのは、最近のことなのか?

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父、危篤……

「父、危篤」の報を受け、昨夕から故郷津山(岡山県)に来ております。自動車→飛行機→バス→列車→レンタカーと乗り継いで、父が意識不明で入院した病院へ直行いたしました。食事が摂れず衰弱した体は血糖値が最低になっていたようで、それ故の意識不明。入院後の点滴治療で血糖値、血圧とも僅かですが向上しており、医師の「いつ逝かれてもおかしくない状態」であるという言葉はありましたが、表面上は落ち着いているように見受けられます。
 大正十年生まれの、齢90歳。覚悟はしております。
 私が病院へ着いたのは、午後7時過ぎでした。弟が車で片道30分のところに独り暮らしをしている伯父(父の弟)を迎えに行き、最後かもしれない父と伯父の面会がかないました。私の弟が伯父を送り届けに行った後、私も昨夜は実家へ。
 予断を許さない状態であることは理解しつつも、悪いながらも落ち着いた状態の父の手を握ると、握り返してきて、何か言おうとしていることがわかり、私が来たことを告げ、「会えて良かった」と語りかけると、うっすら涙を浮かべているようにも見えます。容態が急変するとは思えない(そう願っているからかもしれませんが)ため、夜は病院へお任せしてしまいました。病院から実家までは、歩いて5分ほどですので、何かあればすぐに駆けつけられる距離であることが幸いです。
 要介護状態の母(89歳)のこともあるので、弟は実家で待機。今日は朝から、私がずっと父のそばにいて、時折、酸素マスクをつけた父の顔が苦痛に歪んでいないことを確認して安心し、お昼を食べに近所に出かけたり、病院の周りを散歩したりして過ごしています。こんなに長い間父の傍にいたことは子供の頃以来のことです。普段の日常にはないくらい穏やかな一日が過ぎていきます。ほんとうに、父がこのまま逝ってしまうということが信じられません。たとえ身体が骨と皮だけの状態であっても、です。
 それにしても、若い頃から病弱であった父が、要介護状態になった母を助けながら90歳になる今まで生きてきたことは奇跡的です。一病息災ならぬ多病息災を絵に描いたような人生でした。数年前から肺に影があり、ここ半年で倍ほどの大きさになった肺の癌が直接の衰弱の原因だと医師から聞かされました。「90年も生きてくれば、癌のひとつやふたつあっても不思議ではないな」と、私は意外に冷静に受けとめています。
 さて、この状態がいつまで続くのでしょうか…… あと一日二日様子が変わらないようであれば、一旦仕事に戻ろうかとも思ったり、いや、このまま傍にいてやりたいと思ったり迷っています。

↓父が入院している中島病院の隣接敷地内に、この病院の旧本館があります。近代化遺産の文化庁登録有形文化財となっているこの建物は、大正六年建築。我が父よりも少し長い歴史のある建物です。NHK朝の連続小説『あぐり』の撮影が行われたのもむべなるかな。

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2011年11月22日 (火)

気がつけば、街はもうクリスマス・モード

 毎年お招きいただいている『オマーン建国記念日』のパーティで、久しぶりにホテル・Newオータニを訪ねた帰り、同ホテルと赤坂サカス周辺のイルミネーションを見てきました。

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